小説 | ナノ



きみの心臓を征服 W

  日本最大のドーム型施設の半分程度。なかなかの大きさをほこる、本日のパーティー会場となっている葉月邸はかなりの迫力があった。流石は葉月ファクトリー社長のお屋敷だ。それでも七瀬邸には遠く及ばない。
 大きなお屋敷の中の会場は、当然ある程度大規模だ。葉月の会場規模は、七瀬のものより上かもしれない。父も俺もパーティー等の催し物を好まないがゆえに、あまり会場には力を入れていないのだ。

「じゃあハルちゃん、僕はそろそろ怜ちゃんのところに行くね。今日は来てくれて嬉しいかったよ」

「ああ」

 ここに着いてから、熱烈に歓迎をしてくれた渚と、かれこれ一時間は話していただろうか。やっと彼がぱたぱたと駆けて行くのを見送り、少し安堵した。渚の話はきらいじゃないけれど、いささか長すぎる。
 渚は怜という人物のもとへ向かうと言った。今日の渚の話は三分の二が怜の話だった。"怜"は最近渚にできた友人だそうだ。真面目で、でもどこかぬけていて、面白いひとだと渚は言う。
 ほとんどの話は右から左にきき流していたのに、怜のことは耳に残っている。
 知っているのである。俺は、怜を。

 そういえばさっきから執事の姿が見えないと、辺りを見渡せば、すぐにお目当ての彼はみつかった。鮮やかな赤い髪はよく目立つ。
 駆け寄ろうとしたが、足は動かさなかった。

 凛は非常に女受けがいい。あいつを連れて歩いて、モテていないなんてことはありえない。女たちがみんなして彼に熱を含んだ目を向けてくる。それが嫌で嫌でしかたがなかった。
 端正な顔にスタイルのいい身体、きれいな声と(表に出ることは少ないが)優しい性格。それらをあわせ持つ凛が目をつけられないわけはない。
 今現在の凛は数人の令嬢に囲まれて、楽しそうに談笑していた。派手に着飾った女たちは、興味のない俺からしてもかわいらしい。凛と並ぶにはお似合いにみえた。
 あいつも無愛想な自分に仕えるより、華やかな女性のそばがいいのではないか。そんなことを考えても仕方ないと首を左右に振り、夜風にあたりに一旦会場を後にしようと出口を目指した。
 後ろからついてくる人影に気づかずに。
 俺はひとりで外へ行く自分のうかつさを、すぐに後悔させられることを、知る由もなかった。

 外は静かで涼しくすごしやすい。さっきまでの不快感は失せて、穏やかになれる。
 凛に星がきれいだと教えたかったが、まだ女たちと喋っているはずだ。

「早く帰りたい」

 渚の顔を見れたから、目的は果たしていて、あとは帰るのみである。
 たいして時間はたっていないのに疲れてしまった。

ズドンッ
 凛を呼びに行こうとすると、耳がさけるかのような音がきこえて、地面がぐらりと揺れた。
 これは地震じゃない。赤レンガで固められた足下の地面には、銃弾がめりこんでいた。
 誰かに、狙われている。
 気づいたときには五メートル先の茂みから、いかにも悪者だといいたげな黒いスーツの男が現れ、俺に銃口を向けた。
 咄嗟の判断で身を伏せたが、この距離では意味をなさないだろう。
 殺される。
 ズドンとまた銃声が響くが、衝撃はなく、かわりに紅い雨が降り注いだ。

 違う、これは血だ。ひとの血液。
 どろりとした紅が無性に怖くて、血の気が引くのがわかった。
 目の前に立っている人物がいて、暗いなか見えるそのシルエットは凛で間違いない。

「りん…」

後ろ姿は何度まばたきを繰り返しても凛のまま。
 彼がうたれた。俺をかばって。

 もう一発うたれるかと警戒したが、男は、走って夜の中に消えていった。

 男がいなくなると、凛の、気力で支えていた身体が崩れ落ちる。頭を地面にうたないように、必死で一回り大きな彼の身体を支えた。

「りん。りん…。り、ん。…どうして、どうして」

 俺の膝に頭をのせた凛は、こんな時だというのに笑顔を見せる。

「約束しただろ、まもるって」

 この約束は、あの日のもの。

「りん?」

「ハル…お前のそばにいられて幸せだった」

「…っ。もうしゃべるな」

「最期までは一緒にいれねぇかも…。わりぃな」

「いいから、もう…」

「今までサンキュー、ハル」

 俺の頬に手をそえて、凛が言う。
 "お別れみたいなこと言うな"と怒鳴りかけたが、そのとき、彼の身体から力が抜けたのが感じとれた。

「凛!…返事をしろ。凛!りん」

 いやだ。いやだいやだいやだ。
 お前がいないといきていけない。