小説 | ナノ



涙したリンドウ

俺がふられたあの日から、もう五年もの年月がたったというのだから、時の流れの早さを実感せずにはいられない。つまりはデビューしてから五年。俺もトキヤも、あたたかいファンのみんなに恵まれて、この業界で生き残っている。

人の一生の中での五年。長いのか短いのか微妙なこの時間で、俺はけっこう自分が変わったと思うんだ。人間を変化させるのに十分な時間だったと考えると、五年はやっぱり長いのかもしれない。

最初から変わらないものなんてなかった。
好きになって、トキヤを見ていられればそれで満足だったのは、ほんのちょっとの間だけ。すぐに、やっぱりもっと仲良くなりたいなんて考え出して、その後は、自分の抱く好きという感情に押し潰されそうになった。今は、抱きしめてキスがしたい。俺の、俺だけのトキヤになって。そんなことを思っている。
だんだん、だんだん。俺、欲張りになってた。
とっくの昔にふられたんだ。こんな想いは捨てちゃわなきゃいけないのに。
それでも俺はゆめみてしまう。トキヤが俺をこの想いごと受け入れてくれる物語を。


女々しいなって思うし、虚しくなるんたけど、どうしてもトキヤに彼女がいるかとか、そういうことが気になってしまう。

あれは今年の四月十一日のこと。
トキヤは約束通り、どんなに忙しくても、律儀に俺の誕生日には毎年カレーをプレゼントしてくれていた。

「まだトキヤは彼女つくんないの?」

特別にトキヤがカレーの中に入れてくれた大きな豚肉を頬張りながら、できるだけ自然に、痴話話にきこえるように、何でもない風を装って尋ねた。

「気になりますか?」

彼は面白そうに、可愛らしく笑みをつくって俺の顔を覗きこむ。似たような話題は何度か話したことがあったけれど、トキヤがこんな表情をするのははじめてだった。

「なんです。そんな顔をして」

自分じゃあんまりわからないけど、多分かっこわるい顔をしてるんだろう。
彼女、ほんとにいるの?
いてもおかしくないって思ってるよ。だってお前はこんなにも魅力的だ。

「ふふ…。忘れましたか?私の恋人は音楽です。それに、応援してくれる皆さんも、ですかね」

ああ、トキヤは骨の髄までアイドルだ。それはそれは完璧な。アイドルスマイルまでつけてもらってしまった。

まだ四ヶ月もたっていないその日は、やけに遠くて懐かしい。
あれからカレー食べてないなあ。恋しい。トキヤのカレーが、トキヤが。


もうすぐトキヤの誕生日がやってくる。
会う約束はまだなんだけど、算段はあって、当日の昼間のバースデーイベントを終えたトキヤを迎えにいくつもりだ。
俺は料理なんてたいそうなことできないから、毎年プレゼントを購入して渡してる。もう、プレゼントを渡すのは習慣化されていた。渡す時に心の中で"好きだよ"と小さく小さく囁くことも。
もう二度と面と向かっては言えないだろうその言葉を頭で繰り返すと、涙が出そうになった。

トキヤの恋人が音楽から女の子に変わるのはいつなのかな?
本人にきいても"ありえません"と笑うだけなんだけど。でも、いつかはその日がくる予感がしていた。トキヤは真面目で恋愛には興味ない様な振る舞いをするけれど。あんなに幸せそうに、時には切なそうにラヴソングをあいつはうたう。リアルに恋をしているみたいに。
トキヤは恋ができるよ。しないだけで、すぐそばにある。

やだな。トキヤに彼女ができたら二人だけの誕生日会はなくなっちゃうね。
それとも優しいお前は、寂しい独り身の俺を輪の中に入れてくれちゃうのかな。