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ジキタリスを贈ろう

さっきまで大粒の嬉し涙をぼろぼろと溢していたなんて、全く思わせない顔をして、トキヤは晴れやかに笑っている。彼の泣き顔も不謹慎ながら綺麗だと思ったけど、やっぱり笑顔の方が好きだ。相変わらずにこにこと微笑んでいるトキヤに"おめでとう"と声をかけると、彼はいっそう笑みを濃くして心底嬉しそうにしていた。

卒業オーディションの優勝者はトキヤだった。俺も、もちろん優勝を目指していたけれど、負けたことが悔しいと思えなかった。誰よりこの一年間トキヤの近くにいただろう俺は、ずっと彼の努力を見てきているから。だから俺が一番知ってるよ。トキヤが頑張ってきたこと。

「あなたも、事務所所属おめでとうございます。あなたのうた、とても良かったです」

「ありがと!!トキヤにほめられるとすっごい嬉しい」

「正直な感想ですよ。気持ちのこもった、素敵なラヴソングでした。音也がこんなうたをうたえる様になるなんて…びっくりです。うまく、なりましたね」

トキヤが口を閉じて、上品に顔をほころばせる。すきだ。トキヤが好きだと思った。
身体の中から音がきこえる。これはきっと警報音だ。
考える時間はある。けどもう、何だろうか。そうだ、もう、疲れてしまった。我慢するのはしんどいよ。言おう、言ってしまえ。
俺は警報音を自分の意思で無視をする。これから言うことは、咄嗟に口から滑り落ちるわけでもなく、言わされるわけでもなく、自分が伝えたいから言うんだ。

「あのうたね、トキヤへの想いなんだ」

トキヤはここでやっと、笑顔からきょとりとした顔へと表情を変える。あぁ、可愛い。そんな表情も、みんな、トキヤの全部が。

「好きだよ。俺、トキヤが好きなんだ」

トキヤは俺の目をじっと見て、それから下を向いた。おそらく思考を巡らせているんだろう。
この時は、ぜんぜん彼からのこたえに検討もつけられていなかった。拒否されてふられるのか、お付き合いしましょうと夢みたいななことを言われて受け入れられるのか。それとも他の何かなのか。いずれにしても衝撃を受けるはずであるし、納得する様な気もする。
トキヤが顔を上げて、再び目が合う。俺はちょっと怯んでしまった。あまりにも彼が真剣な顔をするものだから。
でも俺だって真剣だ。ふざけた気持ちでこんなこと言わない。

「その想いには応えられません。…私はあなたに恋愛感情を持っていないんです」

「そうだよね…。驚いた?ごめんね」

「あの、最後まできいてください。…応えられないけれど、嬉しかったです。あなたに好きだと言っていただけて、とても嬉しかった」

「とき、や…」

「あなたみたいな素敵な人に好かれるんですから。…でも、私には音楽という恋人がいますからね。すみません。…あなたも私よりもっといい人が見つかりますよ」

"だから、泣かないで"と、トキヤの声が上から降り注ぐ。気がつけば頬に滴がつたう感覚がしていて、今泣いてるんだって他人事の様に思った。
ふわりと、彼の白く細い指が俺の髪を撫でる。優しく優しく撫でられて、無性に幸せで悲しくて、みっともなく鼻水をたらして号泣した。
トキヤが慌ててティッシュを持ってきてくれたり、背中をさすってくれたけれど、涙はしばらく止まりそうになかった。

何で、どうして。どうしてこんなにトキヤは優しいの。
ふる方法なんて、もっと簡単なのがあるじゃん。同性から言い寄られてるんだし、この学園には恋愛禁止令なんてものが規則になっているんだから。それを理由にしちゃえばいいのに。
なのにトキヤは、まるで性別なんて意にもかえさないで、恋愛禁止令なんて無いかの様に、"俺に恋愛感情を持っていないから"、"音楽が恋人だから"を理由にした。
きっと俺が女の子であったとしても、彼に言われることは一語一句変わらない。
ほんっと優しい奴だよ。こんなトキヤだから、ふられてもまだ好きなんだ。でも、おかげさまで諦められなくなっちゃったよ。

お前は"私よりいい人が見つかります"と言ったね。それは違う。断言できるんだ。俺にとってトキヤ以上の人なんていない。いるわけない。
根拠は当然ないのだけど、それだけは絶対にあってると思う。