小説 | ナノ



焦がれるリナリア

学園で過ごした一年間は、後々考えれば一瞬だったって言える位に短かった様に思い出される。小学校や中学校を卒業した時も、短かったと感じたけれど、それとは比べ物にならない。トキヤと同じ部屋で寝起きした一年間はあっという間だったから。

トキヤとの日々は毎日がキラキラしていて、何もかもが鮮やかだった。
三百日以上もの時を共に刻んだのだから、そりゃあ楽しいことだけじゃなくて、嫌なこともけっこうあった。俺たちは性格が似ても似つかないと言われる通り真逆なタイプだったから、喧嘩はたくさんしちゃったし、俺が一方的にトキヤに怒ったりもした。トキヤに怒られることもたくさんあったなあ。でもそれは前に進むために必要なことだったはずだ。だって、喧嘩の後は、その前より彼に近づける。心の距離が近くなる感じがする。ありのままに本音を言い合うことでトキヤという人が見えてくるみたいな、そんな感覚。それに、仲直りしたらトキヤが"お詫びです"っていれてくれる甘い甘い俺のためのココアが好きだったから、"実はそんなに喧嘩が嫌いじゃなかった"なんて言ったらトキヤは怒るのかな。それともまたココアをいれてくれるんだろうか。"馬鹿ですね"と呆れ顔で。
とにかくまあ色々なことがあったこの充実していた一年で、トキヤのことをどんどん知っていった。とっても優しいこと。実は涙もろかったり、照れ隠しが下手だったりすること。人一倍努力家で頑張り屋さんなこと。こうした彼の一面を知っていくたび好きになる。トキヤを想う気持ちが最初は小さな灯火だったのだとしたら、今はどれくらいの大きさなんだろう。想像もつかないけれど、おそらくそれはすごく大きくなっている。
小さな炎は簡単に消すことができるけれど、大きな大きな燃え上がる炎を消すことは難しい。

昔好きだった女の子が貸してくれた少女漫画のヒロインが『恋は辛くて苦しい』と泣いていた。俺はトキヤを好きになって、やっと彼女の気持ちを理解することができた。さすがに読んだ時は、自分が身をもってこんな想いを実感することになるなんて考えつかなかったよ。恋はドキドキとワクワクでできてると、わりと本気で信じていたんだもん。

恋が始まった頃はただただ楽しかった。
視線でトキヤをひたすら追ってばかりいた。たまに目が合っては心臓を高鳴らせて、それを悟られない様に、へらりと笑って手を振る。
俺は思考に制限をかけられたみたいに、馬鹿みたいにトキヤのことを四六時中考えていた。うかれていたんだと思う。

トキヤは初め、回りに透明の壁を作っていた。人を安易に寄せ付けない鉄壁のガードを。
その壁が少しずつ少しずつだけど、でも確実に消えていくのが嬉しかった。
話す時の声が、瞳が、雰囲気が優しくなっていった。一緒に登校する様になった。くだらない話をすることもできるようになった。よく笑顔を見せてくれるようになった。
トキヤが俺に心を開いてくれてきている。それが喜ばしいと感じていたのに、いつしか素直にそう思えなくなった。トキヤが気を許すのは俺だけでいいと、子供染みた独占欲を芽生えさせてしまった。
それからは切なくて、苦しくて、辛かった。

俺は決して我慢強くはなくて、むしろ我慢はできない方だ。
早乙女学園は恋愛は禁止であるし、俺とトキヤは男同士なんだから、この気持ちを告げるのはしていいことじゃない。そうわかっている。わかっていたし、トキヤに嫌な思いをして欲しくなかった。男に告白なんかされたくないだろう。気持ち悪いと思われるかもしれない。
困らせたくない一心で、言ってしまわない様に、気づかれない様にしてきた。

限界は残酷にも訪れる。隠しておくにはこの恋心は大きくなりすぎた。