小説 | ナノ



アルバイト四十二日目

天気の良い昼間、二人は草薙に買い物を頼まれてスーパーにいた。おつかい、ということになるのだろう。

買い物メモを睨んだ伏見は、卵のパックを手に取った。そのまま買い物かごに入れようとしたけれど、八田にパックを奪われる。
「卵買うんじゃねぇの?」
「買うけど、六個入りじゃなくて十個入りのを買うんだよ」
「りょーかい」
伏見が十個入りのパックを今度こそかごへ入れると、八田はカートを進めて調味料売り場へと急いだ。
「売り場の場所とか、そんなことまで覚えてんの?」
シナモンを選び取る背中に、伏見が声をかける。
「今日みたいに草薙さんに頼まれたり、自分の用事でここにはよく来るから自然と覚えちまったんだよ」
「自分の用事?…美咲、料理できんのかよ」
「できて悪いか?」
「全然。……将来いい嫁になるんじゃね」
「誰のだよ」
「んー、俺の」
「俺は男だ」
「美咲は美咲だろ」
「なんだそれ」
八田はメモとかごを交互に照らし合わせ、よしと声を上げる。
「会計?」
「おうよ」

レジ袋を両手にぶら下げた伏見とは対照的に、手ぶらで八田はのんびりと足を進める。レジ袋については、自分で持つつもりが伏見が持つと言って譲らなかった。
「やっぱ美咲は嫁気質アリだな」
「嫁じゃねぇ」
「じゃ、夫なの?」
「夫ってか…えーと、まぁ」
「いやいや。美咲は嫁だって。でも、貰い手がいなさそうだな」
「うっせー」
「あ、でも俺が貰ってやっから大丈夫だ」
「…嫁じゃねぇし」
八田が赤面を見られまいと顔を下げる。伏見はそれをからかおうとしたが、それはかなわなかった。
「こんにちは。楽しそうですね、伏見君に八田君」
またアンタかよと言いたげな舌打ちをして、伏見は現れた男、宗像を睨み付ける。
「そんなに睨まないでください。怖いです」
「何か御用でしょーか?」
「ええ。とても大切な、ね」

「ここですよ。どうぞ入って下さい」
場所を変えたいと言った宗像が案内したのは、HOMRAのちょうど裏にある見たこともない建物だった。
「サル、こんなとこ知ってたか?」
「いや、初めて見た」
「それは当然です。今日できたばかりなのですから」
「はぁ?今日?」
「美咲、とりあえず入って話そう。暑い」
「あ、あぁ」

中に入ると、外から見て想像できるより大きな空間が広がっていた。
「ここ、もしかしてカフェ?」
「そうですよ。ここはこれからオープン予定のカフェです」
「何でオープン前の店に入れんだよ?」
「馬鹿美咲黙ってろ。…まさかこのカフェ…」
「伏見君の想像で大体あっていると思いますよ。カフェ・セプター4へようこそいらっしゃいました」
「マジかよ…。アンタは何がしたいんだ?」
伏見が舌打ちをかまして自身の髪をくしゃりと撫でる。不機嫌を全面に出したその表情とは真逆な、涼しげな笑みを宗像は浮かべた。
「カフェ対抗戦を行います」
「カフェ対抗?」
「何でそんなくだらねぇこと。そもそも草薙さんはやるなんて言わないだろ」
「もう草薙出雲の了承は得ています。この対抗戦は別名、伏見君争奪戦。HOMRAが勝てば、私は君を諦めます。ですが、セプター4が勝てば、すぐに入社していただきましょう」
「猿比古争奪戦…」
口をポカーンと開いた八田に、宗像は微笑を崩さず頷いた。
「決戦日は次の日曜日。その日1日の売り上げ金額が多かった店の勝利です」

「俺の意志関係ねぇー!!」
意味を理解した伏見の叫びは、HOMRAまで届く程だった。