必需品
相手取った妖は、俺達の想定を越えて強かった。 礼司さんの右手にある拳銃は氷杜さん。左手にある三叉になっている槍は酉次郎さん。そして彼が身に纏う一見ただの服にしか見えないが、実は頑丈な鎧は劉芳さんだ。神器達が礼司さんと闘っているというのに、俺はただ木の影に隠れて見ているだけ。 『俺を使ってください』なんて言えるはずない。短刀の分際でそんなおこがましいこと。礼司さんに、女が持つ様な懐剣は似合わない。そもそも彼に『隠れて待っていて』と命じられている。 使わないのに、何故連れてこられたのか。彼は俺に虚しさを知らしめたいのか。もう虚しさなら、苦しさなら知りすぎているのに。
「猿比古。お待たせしました」 「いえ」 「…少し、顔色が悪いですね。体調がすぐれませんか?」 「大丈夫です。…あの」 「はい」 「俺は……足手まといなんじゃないですか?」 「そう思ってたら連れて来ませんよ」 「でも、俺のことあんまり…」 使わないでしょ。 言葉は音にならなくて、口のなかが妙に渇いた感覚がした。 「君がいる方が私の気分が良いんですよ」 「気分?」 「はい」 くすりと笑った礼司さんが人の姿に神器を戻して踵を返す。 ほんの少しだけ、心にかかった靄が晴れた気がした。
音が、聞こえる。不気味さの漂う気持ちの悪い音。 「礼司さん!」 今の今まで隠れていた妖が礼司さんに飛びかかろうと地面を蹴ったのだった。 突き動かされたかの様に、俺の身体は妖と彼の間に滑り込む。その瞬間全身が裂けんばかりの激痛が走った。そりゃあそうだろう。自分の腹に目をやれば、妖の手と思われるものに貫かれているのだから。 「猿比古っ」 「れーし、さん。俺だって、盾くらいにはなれるでしょう?」 「馬鹿!…何で…」 こりゃもうダメだな。もうすぐに俺は消えるんだろう。 最期に彼の役に立てたんだから俺としては上出来だ。
身体が動かなくなって、朦朧とした意識の中で礼司さんの声だけがはっきりと聞こえる。 「さる、ひこ。…猿比古っ」 れーし、さん。泣いてんの? できることなら、その面拝みたかったな。 ひとしきり笑って、それからハンカチでも差し出したいのに。 「猿比古」 何ですか?俺、疲れてるんです。 「猿比古。私は君がいないと働きませんよ。食事もとりませんし、睡眠もとりません」 返事がしたいのに、できないんです。 わかってくださいよ、礼司さん。 「君がいないと駄目みたいです。だから、勝手にいなくならないでください」 お願いだから、泣かないで。
あぁ、やっぱりまだ死にたくない。俺はまだこの人の傍にいたい。
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