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二人目の主

俺は尊さんの神器だ。そして同時に礼司さんの神器でもある。俺みたいに複数の主を持つ神器を、神の恥部であり下賤の者として"野良"と呼ぶ奴がいる。
神器は神に"名"を貰うのだ。その名は身体の何処かに必ず浮き出る。俺の鎖骨の下には『伏』が。そして、右手の甲には『猿』が徴としてある。野良には名前が複数存在するていうことだ。人間に置き換えれば、親以外の第三者から名を貰うことになる。それは一般人からして良く感じる話じゃないだろう。
神は基本的に野良を嫌う傾向にある。中には野良とは縁すら持ちたくないという神もいるほどだ。もし神が好んで野良を神器にするなら、大半の理由は汚れた仕事を押し付けるためだろう。純潔な神器にそんなことはさせられないから、と。
普通主を持つ神器は、他の主につく前に名前を返す。俺の場合、尊さんの神器を辞め、『伏』を消してから礼司さんの神器になるべきだった。そんな風に考えたところで文字が消える訳でないし、礼司さんの神器になりたいと自分で望んでもいなかった。尊さんの神器は辞めたかったけれど、断られてしまったことである。
礼司さんは俺が野良だなんて、きっと知らない。知らなくていい。

俺にとって礼司さんというのは、一言で言うなら変人だった。ただ、そうだと思っていた。神器になりたてだった当時、それ以外の感情を向けることはなかったし、これからもない予定だった。つまり、好きとか嫌いとかそんな感情を持たない位、彼は最初どうでもいい存在に他ならなかった。
そうじゃなくなってしまったのは、いつからだろう。

『猿比古』
礼司さんは俺の呼び名を、それはそれは優しい声で発する。俺は彼の呼ぶ、自分の名前が好きになった。
尊さんと同じく武神たる彼の神器は大勢いた。それなのに彼は俺に執拗にかまった。
食事、散歩、遊びに睡眠。たくさんの時間を共に過ごした。他人と極力関わらない様にしていた俺にとってはありえない生活だったのに、隣にいるのがこの人ならいいと思うまでになった。
認めたくはないけれど、それが何処からくる感情であれ、俺は礼司さんが好きなのだ。

彼を大切だと、自分にとって必要な人だと自覚すればするほど心の奥深くが締め付けられるみたいに苦しい感覚に襲われる。そんな時は決まって、『伏』が浮き出た鎖骨の下が酷く痛む気がした。
俺は礼司さんだけの神器になりたいと願ってしまった。野良である事実が嫌になった。彼は俺が野良だと知ったらどんな顔をするのだろう。憎悪を浮かべて『失望した』と罵るんだろうか。
そんなの、嫌だ。