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死んだその後

俺は生前から無愛想でひねくれていた。周りに他人を寄せ付けない俺だったけど、一人だけ友人と呼べる人間がいた。ソイツはいつも一緒にいた。死んだあの時も。
突然信号無視の車が、道路の横断中の俺達に突っ込んで来た。飲酒運転が原因の事故死で、二人共即死だ。我ながら間抜けで無様な最期だと思う。ここで俺の二十にも満たない人生は幕を閉じたのだ。でもこれは、俺の終わりではなかった。
死んだら善人は天国へ悪人は地獄へいくと人は言うけど、そんなことを信じられるおめでたい頭は持ちあわせていない。善人と悪人の区別は誰が何を基準に判断すると言うのだろう。閻魔様の気まぐれだとでも言うのか?馬鹿らしい。結論から言えば、人は死んだら何も無くなる。俺はそう信じているタイプだった。だけど、そんな考えはあっさりと覆される。
一言で言うなら、俺は死んで死霊になった。ざっくりとした表現だが、他に何と表現すれば適切なのか、わかりはしない。
死霊となった俺は、同時に同じ状態になった友人と共に、此岸をさまよい続ける日々を送った。それから一ヶ月弱が過ぎたある日、転機は予期せず訪れることとなった。
死霊は妖に狙われることが多々あるものだ。当時の俺か達には妖から逃げる術は無く、く抵抗虚しく二人揃って捕まりかけた。その絶体絶命の危機に現れたのは尊と名乗る神だった。神は、いとも簡単に妖を倒し、俺達を救いだし、そして友人にとっての特別なヒーローになった。
話は生憎まだ続きがある。神は神器という僕を持つことができるのだ。神器になることは、神の道具になることだ。助けてくれた神、尊さんにすっかり心酔した友人は、彼の神器になりたがった。どうせ無理だと思っていたが、尊さんはソイツの願いを聞き入れて神器にした。どういうことか俺と共に。こうして俺は尊さんの神器として"伏"と名付られた。

「尊さんの神器、やめたいです」
しばらくたったある時、俺は声を絞り出してそう言った。尊さんは言われることを予想していたかの様に動じず、低く静かに『伏見』と、俺の呼び名を呟いた。
尊さんには恩がある。それを差し引いても、俺は彼のことは嫌いじゃなかった。好きにはなれなかったけれど。だから、やめたいのは尊さんが理由ではない。俺が弱くて臆病なせいだ。そして俺はそれに向かい合うことも、開き直ることもできずにいる。
生前からずっと、俺の全ては前記してある友人だ。365日24時間一緒にいた訳じゃないけれど、大事な場面にはいつだってソイツがいて、俺は救われていたんだ。
でも今のアイツは尊さんしか見えてない。俺なんか眼中にも入らない。そんな事実が腹立たしくて、情けなくて。
俺は尊さんから、アイツから逃げようとしている。
「それは、きけねぇお願いだな」
尊さんは俺を見下ろして、静かな響く声でそう告げる。てっきりやめさせて貰えると思っていたため、驚きは大きかった。尊さんは神の中でも一、二を争う強さを持つ武神で、たくさんの神器を従えている。俺という神器が一人いなくなるくらい、大した痛手にはならないはずなのに。
「伏見。俺はな、お前を結構気に入ってるんだよ」
言われたことを理解するのにこんなに時間をかけたのは初めてで、理解した時には尊さんは眠りについていてため息をつく。
悲しいのか、嬉しいのか。少しだけ声を殺して泣いた。俺もアイツの様に尊さんに溺れられたら良かったのに。