小説 | ナノ



My gaze met his

※秋山の髪型から考えられた妄想
※ネタとタイトルの提供はお友達からです。ありがとう


秘密


どうやら自分は超能力者というカテゴリーに入るらしい。
その能力に気付き、自覚を持ったのは小学校の高学年になった頃だ。
勉強は中の上で、運動神経は悪くはなく、背丈は平均値。至って普通の、何処にでもいる様な小学生だった。なのに何故か異様な程他人に恋愛的な好意を寄せられて困惑していた(数え切れない程のラブレター、告白の呼び出し…etc)。最初はモテるタイプなのかと自分を納得させていたが、どうもそうじゃないみたいだ。自分の異常を悟っていたけど、内容が内容なだけに誰にも相談はしないで過ごしてきた。だがある日、事は起こる。
告白されることが日常茶飯事な俺だったけど、女の子に自宅まで告白に来られたのはその日が初めてだった。"あなたが好きです"と月並みに言われたと記憶している。最初のうちは告白一つで舞い上がっていた心も、回数が両手の指をあわせても数えられなくなった時期には冷めていた。玄関で告白を受け、五秒たたずに"ごめん"とふった俺は、彼女が家を泣きながら出ていくのを茫然と眺めた。リビングに戻ると母親が真剣な表情をしていて、女の子への対応を怒られるのかと思ったがそれは違った。母は重い口を開き、信じがたいことをつらつらと並べる。話によれば、俺がモテるのは右目のせいらしいのだ。目があった相手を惚れさせることができるという。そしてこれは遺伝だそうで、母親も同じ能力があるのだと。馬鹿らしいと鼻で笑っていたが、試しに眼帯をつけた日は全くモテなかったため事実だと認める他なかった。
これが俺の超能力の説明。あと、長い前髪の理由でもある。


好きです


生まれ持った能力のせいか、俺にとって恋愛は良いイメージじゃなかった。恋に恋するなんて時代は勿論なく、灰色の青春だったかもしれない。
そんな俺だけどセプター4に入って、特務隊に入って、伏見さんに出逢って、恋をした。二十歳を過ぎてからの初恋だった。
最初はただ年下の少年への労りで世話をやいていた。それだけだったのに。垣間見る不器用な優しさや、年相応な笑みに次第に惹かれてしまった。
相手は上司で年下でしかも同性だけど、恋は本当に理屈じゃなくて、好きになってしまったから手に入れたいと願う気持ちを捨てられない。沢山の色んな感情が年月がたつに連れて色褪せていくのに、この感情は薄れるどころか濃くなる一方だ。
あぁ、早く、目があってしまえばいい。


隠された瞳


伏見さんの前に熱々のミルクティーの入ったマグカップを置いた。いつもはカフェオレを好む伏見さんだけど、たまには紅茶等をご所望の時もある。彼の唇が小さく動いた。"ありがと"って。伏見さんは誤解されやすいけど、本当は礼儀正しいんだ。"どういたしまして"そう返せば、照れた様に顔を反らしてマグカップを手にとった。ふーふーと息を吹きかけてミルクティーを冷ます姿は可愛らしい。伏見さんは猫舌だ。

「秋山、さん」
「はい」
「…答えたくなかったら、無理しなくていいですけどー」
「はい」
「前髪が長い理由ってあるんすか?」
「前髪ですか?」
「やけに長いなぁと思って。まるで顔を隠すみたいに」
鋭い人だと心底思う。
「…気になりますか?」
「…少しだけ」
ミルクティーをすすって、遠慮がちに顎を引いた伏見さんが息を飲むのがわかった。
「見て、みます?」
伏見さんにだけ見せてあげます。
彼に少し顔を近づける。自分の脈が早くなった。
ひんやりとした感覚が、彼の手が額に触れたことを教えてくれる。伏見さんの指が俺の前髪をゆっくりと上げた。
ぱちり。目があった。確かに目があった。
彼はきょとんとしてから笑った。
「目に訳ありなのかと思ってました」
実はオッドアイとかー、と続ける伏見さんの態度は変わらない。俺は表情には出していないけど、かなり驚いていたし、ショックだった。
伏見さんには効力がないのかな。目はあったのに。


告白


頭の処理が追いつかなくて、思わず二回も聞き返した。
「好きなんですけど」
「な、何がですか?」
「だーかーらー、秋山さんがです」
アキヤマサンガスキデス。アキヤマサンガスキデス?
都合がいい夢なんじゃないかと頬をつねったら痛かった。現実なんだ。やっぱり俺の目は本物だ。
「別に返事がどうしても欲しいんじゃないんでー」
残念そうに言う伏見さんの手を両手で握る。
「お、俺も伏見さんが好きです」
彼の顔が真っ赤になっていく。俺もきっと真っ赤だと思うけど。

伏見さんとお付き合いすることになりました。


恋人


付き合う様になってから沢山のことをしった。身長や軽すぎる体重、好きな色、服の趣味、好きな音楽。まだまだいっぱいある。仕事で結構な時間を共にしたつもりでいたけれど意外に知らなかったことは多い。最近は新しい伏見さんを発見する毎日だ。
恋人じゃないとできない様なことはまだしていないけれど、彼がいる生活はとても楽しくて充実している。

「ねー、秋山さん」
「はい。伏見さん」
「今日道明寺さん達に、伏見さん最近上機嫌ですねって言われたんすけど。そう見えます?」
「ふふ…。はい、そう見えます」
「チッ。そうですか。それで…俺が上機嫌だって言い出したのが日高さんらしいんです」
「日高が?」
「日高さんが、俺の平均舌打ち回数が減ったとか調べてたらしくて。…って、笑わないでくださいよ!秋山さん」
「すいません。でも日高らしいですね」
「もー、笑い事じゃないんですから。…あ、とりあえず日高さんにはデコピンしときました」
伏見さんのぷくっと頬を膨らませたところは異常な程可愛かった。ちょっと頬をつつきたくなったのは秘密。
「日高なら、叩いても大丈夫ですよ」
「秋山さん日高さんには遠慮ないですね」
「日高ですから」
「…上機嫌かどうかはわかりませんけど、そうなんだとしたら秋山さんのおかげです。秋山さんと、その…つ、付き合ってるから……」
「伏見さんっ」
感動のあまり伏見さんを抱きしめると、腕の中で顔を赤くしている。

「実は俺も最近上機嫌ですねって言われます」
「秋山さんも?」
「はい。当然、伏見さんのおかげですよ」
俺の言葉で恥ずかしさが極限状態まで上がった彼は、しばらく顔をみせてくれなかった。


願望が生んだ夢物語


仕事が終わった後、俺の部屋で伏見さんと夕食をとって、他愛ない会話をして寝る前に彼は"また明日"と自室へ戻って行く。こんな日常がもう習慣になりつつあった。

今日は珍しく伏見さんのお誘いを受けて彼の部屋にお邪魔している。
「秋山さん」
「はい」
「秋山さんもこっち来てくださいよ」
真っ白なソファーにごろりと横になってクッションを抱えたままの伏見さんが手招きをする。俺が頷いて傍に行けば、彼は起き上がってスペースを開けた。調度一人分のその場所に腰掛ける。
「眠いんですか?」
欠伸をして目をこすっている伏見さんは、ブンブンと首を横に振った。きっと、眠いけど寝たくないのかな。
「秋山さん」
「何ですか?」
「キス、したいです」
彼が眠そうに甘えた声を出して俺の頬に手を伸ばした。俺が上目遣いで見つめられるのに弱いのを知っている彼は確信犯だ。こんなところも愛しくて、絶対にこの人を手放せない。手放したくないと思う。
眠る様に目を閉じた伏見さんの顔が鼻先にあった。自分も同じ様に目を閉じて、でも、すぐに開けた。
「ごめん、なさい」
「え…秋山さん?」
彼の瞳が俺を映して揺れている。不安にさせちゃってる。悲しませてしまっている。駄目だな。そんな顔させたい訳じゃないのに。
「俺とは嫌?」
「違います。違うんです、伏見さん。好きなんです」
手のひらに水滴がぽたぽたと落ちる。他人事みたいに、自分は泣いているのかと認識した。
「泣く程嫌ですか?」
嫌じゃない。嫌なはずない。

俺の目は、目があった他人を惚れさせることができる。そんな馬鹿げた能力が確かにある。
伏見さんと目があって、伏見さんと恋人になれて、一緒にすごした。それは甘くて幸せな時間だった。だけど、唇が近づいた途端魔法はとけちゃったんだ。いざキスするとなると罪悪感や虚しさが競り上がってくる。
俺には恋人の資格なんてない。ましてやキスなんてできないです。
だって伏見さんは本当に俺を好きになったんじゃない。目があっちゃったから、好きにならされたに過ぎないんだ。
こんな目が欲しい訳じゃなかった。

違うんです。好きだから泣くんです、伏見さん。


カミングアウト


逃げる様に部屋から出ていった俺を、伏見さんは止めることも追いかけることもしなかった。あんなにも望んだ彼との関係は終わりなんだ。自分で終わらせてしまった。いや、俺が失ったのは儚い幻だ。

伏見さんは次の日、勤務時間になっても出勤して来なかった。昨日あんなことがあったからだろうか。そう思うと、無性に彼に会いたくなってくる。

俺が会いに行ったところで何になる?
わかっているのに気付いたら伏見さんの部屋の前に立っていた。
「帰らなきゃ」
会ったって悲しませるだけだ。彼は俺の顔も見たくないかもしれない。
「あ、きやま…さん」
引き返そうとしたら本当に小さな声が聞こえた。部屋のドアが少しだけ開いていて、伏見さんの顔が半分だけ見える。
「…伏見さん」
何か言わなきゃと思うのに、言葉にならない。茫然と立ち尽くしていると、彼が部屋から少しずつ出てきて俺の手を冷たい両手で握った。
「俺のこと…嫌いにならないで、下さい」
今にも泣き出しそうな表情をして、弱々しい声を出す伏見さんに胸がズキリと痛む。
嫌いになれないですよ。大好きなんです。
もうこの人に隠し事はできない。したくないと思った。

「信じられない様な馬鹿な話を聞かせてもいいですか?」
伏見さんを自室に招き座らせて問いかける。
本当は話すべきじゃないことだ。聞いていい気分になる人はいないだろう。わかっているけど、それでも聞いて欲しいのはきっと自己満足だ。我ながら酷い奴だと感じる。
「はい」
確かに肯定を示す彼を前に、息を吸い込んだ。

右目の事情を簡単に話すと、伏見さんは驚きでもなく悲しみでもない表情で頷いた。
「信じて、くれるんですか?」
恐る恐る情けない声できく。
「信じます。あんたはくだらない嘘をつく人間じゃない。それに、こんな書類まで見せられたら信じない訳にいきませんよ」
彼は俺が渡した書類を手に持って、ヒラヒラと揺らした。
書類には右目の診断結果が細かく書かれている。それはセプター4に入ってからすぐに宗像室長に事情を話して特別な検査を受けさせて貰った時のものだ。
「ありがとうございます。…あの、怒らないんですか?」
「別に怒る理由がありません」
「俺があなたを無理矢理付き合わせていた様なものなのに…」
「例えこの気持ちが作り物でもいいと、俺は思います。…幸せなんです、秋山さんを好きになれて」
伏見さんの穏やかな笑顔と優しさに涙が溢れそうだった。
「じゃあ、秋山さんはキスが嫌だったんじゃなく、後ろめたさがあったからだったんですね」
「はい。…さっきも言った通り、無理矢理付き合わせていたんですから。流石にキスはしちゃいけないと思って…」
「嫌がられたり、嫌われてたんじゃないなら良かったです」
「あ、安心して下さい。俺は伏見さんが好きですから」


忘れ物


「伏見さんが好きです。……でも、もう、別れましょう」
間を置いてから躊躇いがちに言った俺に、伏見さんは目を見開いた。
「この右目がある限り俺の後ろめたさは消えることはないし、伏見さんのためにも別れた方がいいと思うんです」
「俺が本当に秋山さんの右目によって惚れさせられてんなら、それで正解だと思いますけどー。…どうやら俺は右目なんて関係なく、あんたに惚れたみたいなんで」
「え…伏見さん?」
彼の言葉の意味をいまいち理解できない俺に、さっきの書類が手渡された。
「これ全部読みました?」
「読みましたよ」
「それなら読みとばしたところがあるはずです。三十八枚目の二十行目を見てください」
言われた通りに目を通す。俺は驚きのあまり言葉を失った。
"右目の能力は異性のみに効果があります"
「秋山さんは俺の性別、理解してますよね」
「勿論です!…じゃあ、伏見さんには右目なんて関係なかったんですね」
「はい。だから、後ろめたさを感じる必要はありません」
良かったと心から安堵した。本当に良かった。
「秋山さん、今度こそキスしましょう?」
「はい」
お互いの顔をゆっくりと近づけて目を閉じる。
キスをしちゃいけない理由はなくなった。


独り占め


俺の腕の中で、伏見さんは手を伸ばした。掴んだのは俺の前髪で、そのまま上にあげる。今はきっと五島みたいな髪型になっているのだろう。
「男には右目効果ないんだから前髪切ったらどうですか?セプター4はほぼ皆男ですよ」
「淡島副長がいるじゃないですか」
「秋山さんに惚れた副長ってのも見てみたいです。…けど、やっぱり前髪はそのままにして下さい」
「はあ」
「秋山さんの右目を見られるの、俺だけで十分ですよね」
伏見さんは無邪気に笑って俺の前髪を撫でた。