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アルバイト三十九日目

平日の夕方HOMRAには、店主である草薙にバイトの伏見、そして八田と三十人弱の客で賑わっていた。
「今日は客が多いですね。もう暗くなってきたっつうのに」
伏見が草薙から皿を受け取りつつ言った。
「そうやな。お陰様で忙しいわ」
草薙は店内を見渡し、多いなと頬をかく。
「あ、八田ちゃん!」
「はい。何すか?」
「伏見大変そうやし、八田ちゃんも手伝ってくれへん?」
「いいですよ」


「なかなか似合っとるよ」
伏見と同じ、アルバイトの制服に着替えた八田に、草薙は目を細めた。
「さっそく手伝って貰うで」


店のドアが開く音がして、伏見は内心で悪態をつく。八田の手伝いによりかなり楽になった仕事だが、客がこれ以上増えるのは勘弁だ。
「草薙さーん。久しぶりーっ!あ、八田も久しぶり」
「十束!久しぶりやな」
「十束さん。こんちはっす」
入って来た十束は草薙と八田に笑顔を向けてから、初めて見る伏見に興味をみせた。
「草薙さん、この子は?」
「アルバイトの伏見。伏見、こいつは十束ゆうて一応友人なんや。アホやけど、悪いヤツやない」
「一応って酷いよ!…まあいいや。えっと、よろしくね。伏見」
「…どーも」
伏見は十束に会釈すると、八田と共に仕事を再開した。
「伏見って綺麗な子だねぇー」
カウンターに肘をついた十束は、横目で伏見をとらえる。
「せやな。八田ちゃんは最初、伏見が女だと思っとったわ」
「ははっ。流石八田」
十束が腹を抱えて笑いだし、八田を見る。そして彼の目が一瞬丸くなった。
「十束、どないした?」
「草薙さん、アレ…。あっち見て」
「はぁ?」
草薙が眉を寄せて十束の指先を辿れば、伏見が八田を抱きとめているのが目に入る。
「八田と伏見って……」
「アカン。その先は言うたらアカンで」
草薙が顔を青くしたのも知らずに、二人はカウンターの方まで戻って来る。
「無理して重いもの運ぼうとするからこけかけるんだよ。美咲ぃ」
「うっせ。…でも、助かった」
二人の会話を聞いて、十束が耳打ちする。
「良かったね、草薙さん。伏見が転びそうになった八田を支えただけみたい」
草薙が胸を撫で下ろした瞬間、伏見の小さい悲鳴の様な叫びが響いた。
「離せよ」
八田が伏見の腕をつかんでいる光景が目に入る。
「お前、こんな女みたいな細い腕でよく重いモン運べんな」
「離せっ」
伏見が僅かに頬を赤く染め、手を振りほどいた。
「草薙さん、草薙さん」
「何や?」
「やっぱり、八田と伏見って………」
「お黙り!」


営業時間後、風呂上がりの草薙は伏見の背中を見つけ、近寄った。
「伏見ー。だ、ダンベル?…どないした?そないなことして」
「別に、何でも、ないですー」
ばつの悪そうな伏見の表情で、草薙は昼間を思い出す。
ーー八田ちゃんに『女みたいな細い腕』なんて言われたからやろか。
「伏見はかわええなー」
「可愛くありません」
キッと精一杯睨み付けてくる彼の頭に草薙はポンと手を乗せてぐしゃぐしゃに撫でた。