小説 | ナノ



慣れないこともしてみるものです

俺が地面に転がっているソレに気付いたのは、仕事でストレインを捕縛したすぐ後のことだった。
「俺は少し別行動だ。先に屯所に戻っていろ。…副長には言うなよ」
近くにいた秋山にそう声をかけ、ソレを発見した場所へと戻れば、変わらずソレはそこにあった。
「いつまで転がってるつもりだ美咲?」
意識はあるらしいソレ、否、美咲は、俺の声を聞き取った様で身体を起こそうと手をつくが、力が入らないらしい。
「地面の寝心地が随分いいみてぇだなぁ」
「ちげぇ、よ」
弱りきった声で返す美咲は、さっきから気付いていたが様子がおかしい。だからこそ、残業覚悟で仕事を抜けてまでこうして見に来た。
辛そうに呼吸する美咲の額に手で触れると、驚く程熱かった。熱…、かなり高いだろう。
「…ほっとけ」
そう言う美咲からガクンと力が抜けて、意識を失ったのがわかる。
こんなに苦しそうにしてんのに。ほっといたら死んじまうんじゃねーのってくらい。ほっとけねぇよ。
俺は、美咲の身体を抱き起こし、背におぶる。前より少しだけ軽いなと感じた。


美咲のアパートの一室には鍵がかかっておらず、すんなりと入ることができた。それは良かったけど、無用心すぎんだろ。まあ、美咲らしいが。
昼前で薄い部屋のカーテンを開けて、窓を網戸にして換気をする。ベッドの枕の位置を整えて、美咲を寝かせた。
ポケットの中に手を入れれば、普段自分がよく使用している解熱剤があった。それを美咲の口に無理矢理水と共に流し込み様子を見ているとさっきよりは楽そうだ。
俺は病人の看病はほとんどしたことがなくよくわからないが、何かしてやりたいとさ思っている。そういえば前に超過勤務が続いた時に特務隊の奴等がお粥作ってくれたなと思い出して、ひとまずキッチンへ向かった。
冷蔵庫を覗くと、少ない量ではあるが食材が無造作に突っ込まれている。適当にいくつかを取り出しておき、制服の上着を脱いで腕捲りをした。


最悪だ。舌打ちをしてため息をつく俺の前には、お世辞にも良くできたとは言えないお粥らしき物が存在している。料理は向いてないと唇を噛み、お粥を捨てようと皿を持ち上げる。
「猿、比古…?」
「美咲、起きたのか」
美咲の声がしてベッドまで歩くと、不思議そうに俺を見てくる。
「なんだよ」
「お前が皿、持ってっから」
そうだ。そのままお粥を持って来てしまっていた。早く捨てておけば良かったと踵を返すと、美咲が俺の服の裾を引っ張って止めた。
「何で持ってっちゃうんだよ」
「別に…これは捨てるから」
「俺に作ってくれたんじゃねぇの?」
違う。自惚れるのも大概にしておけ。と、そんなことを言ってやりたかったが、声が出せない。だって、美咲の言う通りだから。
喋らないし動かない俺の手から、隙をついて皿が奪われた。
「やめろよ。腹壊しても知んねーぞ」
「大丈夫だよ。それよりスプーン持ってこい」
「…わかった。今日だけ言うこときいてやる」
スプーンを取って戻り、手渡せば美咲は五分もかけずにお粥を平らげてしまう。ほんとに病人なのか疑いたくなった。俺に食器を返して、ごちそうさまと手を合わせるところは今も昔も変わらなくて、なんだかほっとした。
「それ片してもまだ帰るなよ」
「は?」
「だから、皿片付けた後も帰るなって言ってんの。…熱あると、心細いんだよ。ちょっとだけ」
「へぇー、どうしようかな?」
可愛いことを言われて嬉しいのに素直になれない俺はそう言うしかなくて、内心自分に舌を打つ。
「てか、絶対帰るな。…だって今日は言うこときいてくれんだろ?」
「そうだったな。…帰らねぇから安心しろ」
洗いものをしにキッチンに立つと小さな声が聞こえた。
「えと、その、お粥…うまかった」
俺がハッとして美咲を見ると、ヤツは頭から布団をかぶっていて顔は見えない。洗いものが終わったら布団をひっぺがしてやろうと計画して笑った。


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美秋様
風邪ひき話になりました。伏見が料理下手な勝手な妄想が入ってしまってごめんなさい。リクエストありがとうございました!