小説 | ナノ



イヤホンコード

二人の間の少し絡まったイヤホンコードが風に揺れた。八田と伏見は、一つの音楽をよく共有した。お互い音楽プレイヤーもイヤホンも持っていたけれど、使うのはどちらか一つだった。
音を楽しむと書いて音楽だと言われるけれど、二人にとっての音楽は純粋に楽しむためだけのものじゃない。あらゆる雑音から耳を鬱ぐ役割が強いだろう。二人で一つの曲を共有していたその時は、退屈なんて感じない、ただ二人だけの世界にいることができた。
二人は音楽が好きだった訳じゃない。きっと、静かで平穏な世界に浸りたかっただけだった。


『美咲ぃ、また同じ曲聞くの?』
伏見がプレイヤーを片手に八田を見た。
『いいじゃん。お前だってこの曲は嫌いじゃないだろ』
『まぁな』
八田は彼の返事に満足した様子で、にこりと笑ってイヤホンの片方を差し出した。

こんな夢を時々八田はみるのだ。伏見の登場する夢は色々な話があった。でも、その話は決まって中学の時のもので、セプター4に入ると言った伏見も、入ってからの何処か欠けてしまった様な伏見も出てきはしない。笑顔を知らなかったという風に不器用に笑みを浮かべる、八田の友達だった男がいるだけだ。

「何処にやったっけな」
小さい呟きが誰の耳に入ることもなく消える。八田は長年整理していなかった物置を前に大きく一つため息をついた。
夢として見たことで過去を思った。吠舞羅に入って以来顧みたことなど一度としてなかった、二人ぼっちの過去を。
もう一つため息を吐き出して見回せば、多少色褪せた一本の青が目についた。埃を被った棚に手を伸ばして、その細い青をゆっくりと手繰り寄せた。
「……あった」
ひどく絡まった青いコードのイヤホンに八田は懐かしさを覚える。このイヤホンは伏見の物だ。音質が悪い黒一色の八田のイヤホンとは違って、それは音質は良く壊れにくい優れたもので、伏見の選んだ物らしいと当時の八田は苦笑した。だが、それをもう八田は覚えていない。伏見が裏切ってから自分がヘッドホンを使うようになったことも。裏切られてすぐにイヤホンを思い出と共に封じ込めて、ヘッドホンで耳をふさいで、かなりの時間が過ぎている。
「これ絡まり過ぎ。壊れてんのか……」
複雑に絡まったコードをほどこうとあちこちを引っ張ったが駄目だった。むしろ、より絡まってしまったかもしれない。
「だぁっ……くそ」
イヤホンを放って、頭を掻いた。
「何でほどけねぇんだよ」
ほどけない事実に苛立ちながらも、八田は実のところ諦めて納得している。
あの頃、八田が使って絡まったイヤホンコードを嫌々ほどいていたのは伏見だった。『こんなにイヤホンを絡まった状態にできるなんて…才能かもな』と、そんな冗談なのか嫌味なのかわからないことを言っても、毎回素早く簡単にほどいてしまうのだ。八田はそれを魔法の様だと感じていた。
二つに別れていても、もとを辿れば繋がっているイヤホンコードはまるで八田と伏見みたいだった。道は別れてもお互いをなんだかんだで気にして離れられない二人。
八田は再びイヤホンを手に取りにらめっこを始める。
「……っ」
引っ張り過ぎて危うく切れてしまいそうになってしまい手を止める。このイヤホンが切れてしまったら、二人の関係性も切れてしまう錯覚にとらわれた。実際にそんなことはないのだろうけれど。それだけれども。
「仕方ねぇ」
舌を強く打つと、イヤホンを手に八田はゆっくりと立ち上がる。それは伏見に会いに行くためだった。
このイヤホンを見せたら何と言われるのだろう。『まだ持ってたのかよ』『……懐かしいな』『絡まりすぎ』どれも違う様な気がした。でも、きっと、ほどいてくれると思うのだ。これがほどかれたとき、二人の関係性にも変化があるのかも知れない。
八田は地面を蹴って走りだした。


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春様
短くて申し訳ありません。内容についても謝りたいです。ご要望に沿えたのかとても不安です。リクエストと温かいお言葉、本当にありがとうございました。