小説 | ナノ



ヒーローにはなれない

※伏見女体化(先天的)
※楠原→特務隊、伏見→情報課
※五伏、伏見総受け要素有り
※楠→伏から楠→←伏のつもり


「おはようございます」
楠原が特務隊の面々に向けてしたその挨拶に返事はない。皆窓から何かを眺めているようで、それどころじゃ無いようだ。何を見ているのか気になって、硝子に張り付いる日高の後ろに立ち、精一杯の背伸びをする。皆の視線を追って、硝子越しに三十メートルくらい離れた廊下に目をやると、そこには五島と一人の女がいた。女性というにはまだ幼く、少女というには大人びている女だ。彼女はまるで人形の様な整った白い顔に、少し重そうな印象を受ける黒縁のメガネをかけている。華奢な身体に纏う青い制服から自分と同じセプター4の一員であるとわかった。
「可愛いよなぁ、伏見さん」
日高が隣の榎本に、緩みきった顔を向ける。
「そうだね。……あ、楠原君来てたの?おはよう」
「おはようございます。皆さん、…伏見さん?という方を見てるんですか」
「そうそう」
日高が大きく頷いた。少し離れた位地にいる秋山が、そんな彼に苦笑する。
「伏見さんはな、情報課の長なんだよ。美人でしかも仕事ができるときた」
「だから、日高には勿体無いよ」
日高の説明に榎本が付け足すと、皆からクスクスと笑いが漏れた。
楠原はもう一度硝子から伏見を見つめた。五島の持つ書類の話をしているのか、二人の距離は近い。
「あ…」
伏見が不意にこちらを、楠原を見た。目が合う。彼女の美しい目が瞬きを繰り返す。そして、不適な笑みを浮かべた。それは本当に一瞬のことで、彼女はすぐに五島の方を向いてしまった。だけど、その一瞬で十分だった。楠原が恋におちるには。


一目惚れから1ヶ月たった今も、楠原は伏見と話したことはなく、声は知らない。ただ、時々遠目で眺めているだけだ。目が合ったのも最初の一回のみ。伏見を見かけるとき、偶然なのか五島が傍にいることが多かった。その内五島と付き合いだす可能性に少し怯えた。
「楠原くーん!」
道明寺の声だ。日高は楠原を手招きの仕草で呼ぶ。返事をして、彼等の輪に入る。そこには特務隊がほぼ全員揃っていた。
「じゃー、じゃんけんすんぞ」
道明寺が拳をグーにして突き上げると、皆手を出す。勿論楠原も、何故じゃんけんするのかわからないま、とりあえず手をグーにした。
「じゃん、けーん、ぽんっ」
勝負は大人数にも関わらず、一回で決まった。楠原と五島の二人勝ちだ。
「ちっくしょう!また五島か」
日高が五島をジト目で見つめた。五島は完全に無視して楠原に書類を持たせた。そして彼自身も束になった書類を抱える。
「行ってくるね。ほら、楠原君も行くよ」
五島の後を追って廊下に出た。
「何のじゃんけんだったんですか?」
「あれはね、情報課に誰が書類を届けるかを決めるんだ」
「それだったら負けた人が届けるのが普通ですよね?」
首を傾げる楠原に、五島はふふっと笑った。
「情報課に行けば伏見さんに会えるかもしれないからね」
そうか、と納得がいく。雑用係としてなら伏見に気兼ねなく会いにいけるからなのだ。
これから伏見に会うかと思うと嬉しさと緊張で、手に汗を握った。
「楠原君!ぼーっとしてるけど大丈夫?」
重そうなドアの前で五島が楠原の顔を覗き込んできいた。
「す、すいません」
「いや、大丈夫ならいいんだけど」
五島はドアをノックして書類を届けに来たと伝えている。楠原はその後ろで背筋を伸ばして、肩を上下させながら深呼吸をした。
「入って下さーい」
ダルそうな雰囲気の中に、少し甘さが混じった女のソプラノの声に、五島はドアを開いた。
声を聞いた時、もしかしてとは思っていたが、室内の手前の椅子に伏見は足を組んで腰かけていた。こんなに近くで彼女を見たのは初めてのことで、楠原の心臓がいつもより数段早く動き出す。
「五島さんと……。そっちの人は初めて見ますね」
伏見がレンズ越しに楠原を映した。見て貰えた喜びと、前に目が合ったことを覚えていて貰えなかった寂しさでプラスマイナスゼロだ。
「最近特務隊に配属された楠原剛君です」
五島に背中を軽く叩かれて、伏見に向けて頭を下げる。
「そーですか。情報課の伏見です。よろしく」
彼女はそれだけ言うと五島と楠原から書類をひったくる様に受け取り机に向かってしまった。
「帰るよ」
「もう、いいんですか?」
踵を返した五島に問いかけると、うんと短く返ってきた。その直後伏見が、五島さんと小さな声を出した。
「書類、間違ってました?」
「違う。その……あなたが一昨日くれたチョコのケーキみたいな奴……えっと…」
「ガトーショコラですか?」
「ん、それ。……美味しかった」
「良かったです」
楠原は、これもプラマイゼロだと感じていた。プラスは伏見の好きな物がわかったこと、マイナスはやっぱり五島と仲が良いこと。


伏見のことは、ほぼ毎日遠目から眺めるだけで、たまに仕事の関係で話すことができる。楠原はずっとこのままなんじゃないかと思っていた。五島の様に親しくはなれないし、ましてや恋人等には一生なれっこないと。
この日の楠原は自主練に励むべく道場へ向かって歩いていた。少し肌寒い感じがして、上着を持って来なかった自分を呪った時、声が聞こえた。複数の男の声と、その中に一つ女の声。よく聞こえないことに加えて嫌な予感がする。できれば関わりたくないというのは山々なのだが、道場の方から聞こえるので、楠原は重い足を動かした。
道場の前に立つと話し声ははっきりと耳へ飛び込んでくる。
「……やめろ」
楠原の脳が伏見のいつも以上に高い声を認識した瞬間、身体は勝手に動いた。足音を大きく響かせて、道場へと一歩踏み入れる。
「誰だお前っ!」
叫んだのは小太りの一人の男だった。彼を含めた五人の男達が伏見を囲んで立っている。伏見はそこで耐える様にぎゅっと自分の手を握って、男達を気情に睨み付けていた。彼女の服装は乱れているが、怪我はないみたいだ。
「この人に何をしてるんですか?」
楠原の声はひどく冷たかった。
「…な、何もしていないっ」
「何もしてないのなら、彼女の服と怯えた表情は何故でしょう?」
無理矢理襲おうとした現場にしか見えなくて、今まで抱いたことのない怒りが自分を満たしたのがわかった。
楠原は竹刀を構える。さっき感じた肌寒さはもうなくなっていた。


「ありがとう」
倒れ伏した五人の男に一瞥をくれてから、伏見は楠原を見て小さく笑みを浮かべた。
楠原は自分を見つめる美しい瞳に胸が痛くなった。
――彼女が思ってる程良い奴なんかじゃない。自分だってアイツらと一緒だ。あなたを抱きたい。そういう目で見てる。
「いいですよ」
伏見のその言葉は、消しゴム程度の物を貸すという様に軽い。楠原は伏見が何を意味しているのかわからなかった。
「楠原さんに抱かれてもいいですよ」
楠原の想いを見透かしているのか、それとも単なる伏見の気分なのか。彼女の表情はあの時の不適な笑みだ。何も言わない楠原に、伏見は、
「冗談です」
そう言って立ち上がり、出口へと歩く。
「でもー、半分くらい本気かな」
伏見が出口の一歩手前で振り返った。表情は周りの暗さで見えない。
「楠原さんのこと、結構好きですから」
彼女は楠原の返事を待つ気はないらしく、もう立ち止まらない。足音が遠ざかり、聞こえなくなってから、楠原は息を吐き出した。



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さやか様
まずは謝らせて下さい。すみませんでした。煮え切らない話になってしまって、これで楠×伏と言えるかも怪しくて…。少なくとも両想いではありますが。本当に申し訳ないです。リクエストありがとうございました!