小説 | ナノ



アルバイト二十四日目

「なんだこれ?」
担任から配られたばかりの手紙をぴらぴらさせた八田が伏見の方を向いた。
「授業参観のお知らせー。…まさかとは思うけど、美咲漢字読めねぇの?」
「馬鹿にすんな。俺だって授業参観くらい読める」
「美咲ちゃんすごーい」
「うぜぇ。……こういう行事いらねーよ」
「美咲ぃ、もしかして親来んの?」
手紙を睨み付けていた八田の肩がびくりとはね上がる様子を見て、伏見は可笑しくて笑う。図星みたいだ。
「多分。…あーもー、なくなんねぇかな、授業参観。何で高校になってまでこんなクソな行事あんだよ」
「……てか、手紙見ると授業参観明日なんだけど」
「は?、明日っ」
「んー。急だな、明日とか」
明日だとわかった瞬間、八田の死んでいた表情が一気に明るくなり、よっしゃーとガッツポーズまでして見せた。
「明日なら親が忙しいらしいから来ないと思うんだよな」
「なーんだ」
伏見はつまらなそうに舌打ちをして、手紙を鞄にしまった。
「サルの親はどうなんだよ?」
「来ない」
「つまんねぇの。……あれ?お前、HOMRAに住んでんだろ?」
「ん」
「じゃ、早くHOMRA行くぞ」
「は?ちょっ……、おい!美咲!離せよ、離せ」
ホームルームが終わった途端、伏見の腕を掴んで走り出した八田をクラスメート達は唖然として見つめていた。


店に転がりこむように入って来た八田と伏見を、草薙は呆れた様な笑みで迎えた。
「えらい急いでたみたいやけど、どうしたんや?」
伏見が、自分は八田に無理矢理と言おうとする前に八田が応えた。
「明日草薙さん暇ですか?」
「午前中なら時間あるわ」
「ホントっすか?…じゃあ、授業参観来て下さい」
目を白黒させる草薙を前に八田は目を輝かせている。
「授業参観?」
「明日俺達の高校授業参観あるんすよ。サルここに住んでるんだし、草薙さん保護者みたいなモンでしょう」
「美咲!余計なことすんなよ。草薙さんに迷惑かかるだろ」
「構わへんよ。面白そうやし」
八田が本日二度目のガッツポーズをとり、伏見はさっきの草薙の様に目を白黒させ、マジでと呟いた。


話に気をとられていて、客が一人入店していたのを見逃していた。二十代くらいに見える長身の男だ。伏見は急いで業務に戻り、いらっしゃいませと声をかける。
八田は何となくコイツは気に入らないとぼんやり考えた。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
伏見がテーブル席に腰かけた男の前に立つ。男は伏見の顔を見て、にこりと笑った。
「君は伏見猿比古君ですか?」
「そうですけど」
「やはり…。君を探していました。私は東京法務局戸籍課第四分室室長、宗像礼司です」
不信感から多少強ばっていた伏見の表情がそれを聞いて変わった。名前は知っている。自分が就職を目指す所のトップの名前なのだ。
「セプター4の室長さんが俺を探す…?」
「ええ。…君は高校入試の際のアンケートにセプター4への就職を希望していると記入しましたね?」
「…はい」
確かに伏見には覚えがあった。入試では簡易アンケートがあり就職についての項目も書かれていた。
「私は、高校生以上でセプター4への就職を希望している人物の中から極めて優秀だと判断した方の調査をしています。…伏見君もその一人。本当は調査だけのつもりでしたし、学生に、この様に声をかけることなど初めてですか、私は君が気に入りました。セプター4に来ませんか?」
目指していた就職先からスカウトが来る。これは伏見にとって都合のよい出来事だ。だけど迷った。すぐには頷けない。就職して、高校やアルバイトをやめたくないのだ。そう思うくらいには、伏見は八田や草薙を好いている。でも、居候の身分だから、自分で稼げる様になって出ていく方が草薙はありがたいだろう。考えるのが面倒くさくなってきた伏見が口をへの字に曲げた時、店にヒールの音がコツコツと響いた。
「学生で、しかも未成年に対してそんな話をしないで下さいと言ったはずですが?」
入って来た女性は宗像に詰め寄り厳しい表情を浮かべている。
「淡島君…!ですが、伏見君は…っ」
「話なら帰ってから聞きますから。仕事、たまってるんですよ」
その女性淡島は、伏見を連れて帰るのだと喚く宗像を無理矢理引きずって、失礼しましたと出ていった。
「何だったんだよ、あの人達」
伏見が二人が出ていった方を見て呟くと、今まで黙っていた八田は大きく息を吐き、草薙は、
「セプター4、入るんか?」
「…入り、たいです」
「じゃあサル、高校やめちまうのかよ」
先程の淡島の様に詰め寄った八田に、伏見は最後まで聞けと彼の肩をポンと叩いた。
「入りたいですけど、大学卒業してからでいいです」
それを聞いて八田の曇った表情がぱっと明るくなった。伏見は草薙に目を向ける。
「草薙さん。俺はまだ、ここにいてもいいですか?」
草薙は笑みを浮かべて、伏見に視線を合わせる。
「…駄目なんて言う訳ないやろ」
伏見も笑う。笑顔の二人を見て、八田も笑った。