プロミス
(サイド:未来)
「伏見君、伏見君」 名前を呼ばれた。何度も、落ちついた声で。俺はこの声を知っている。 「…室長」 目を開ければ、案の定、宗像礼司が俺を見下ろす形で目の前に立っていた。精神世界からやっと戻ってきたんだ。 「おはようございます。良い夢は見られましたか?」 微笑を浮かべる彼は精巧な人形の様だった。わかっているクセに。室長はわかっていてきいているんだ。俺がストレインの能力を知った上でわざと取り込んだこと。 「室長って俺より性格悪いんじゃないっすか?」 「おや、伏見君よりは良いつもりでしたが…。とりあえず、まだ君の中にいるストレインを確保して貰いましょう」 「…了解」
副長が積み上げたであろう餡子タワーを室長の方へ避けてから、仕方なく正座で畳に座った。 「過去の君は元気でした?」 「多分元気なんじゃないですかー」 「それは何よりです」 先程俺に確保され、独房に押し込まれたストレインは時間軸に干渉する能力を持っている。室長は俺が精神世界に過去の自分を招き入れたことまで把握しているらしい。 「見てみたかったですねぇ、過去の伏見君というのは」 「クソ生意気なガキですよ」 「伏見君は伏見君ですから。可愛いことには変わりないでしょう」 ニコニコと笑う室長を睨みつけても彼は表情を崩さない。舌打ちをして下へと目線を変えると、いつの間にか餡子タワーが自分の横に移動していたことに気付いた。タワーと室長を交互に見る。それからタワーを室長の前に置いた。ここで室長の右眉がぴくりと微かにはね上がったのを見逃すはずはない。 「室長が食べて下さいね。俺、副長が室長に持って行くって言ってたのきいてましたし」 「…伏見君の様に舌打ちしたい気分です。…せめて、半分くらい…」 「食べません」 そんな捨てられた子犬みたいな目で俺を見たって食べてやんねぇからな。 「食べないと君の給料をカットします」 「パワハラで訴えますよ」 「揉み消すので問題ありません」 最悪だ、この上司。 「残して、副長に片付けて貰えばいいんじゃないすか?」 「それは、いけません。彼女は善意でやってくれていますから」 室長が瞬きをしてから静かにそう言った。 「…優しいんですね」 「ついさっき、性格が悪いと言われたのですがね。まぁ、いいです。……淡島君にこのお菓子を出されたのが伏見君だったとしてもきちんと食べると私は思いますよ」 「何故ですか?」 「伏見君が優しいからでしょうか」 からかわれているのかと思えば、反して違うらしい。他人に優しいなんて言われる機会なんて滅多にない俺は、こっぱずかしさで内心死にそうだった。 「やっぱ、俺も室長も性格悪いってことでいいです」
「忘れている様ですが、君は私に用があったのではないですか?」 部屋に入ってから餡子の闘いのせいで忘れていたが、言われた通り言いたいことがあってここにいる。 「有給休暇、欲しいんですけど」 「いつですか?」 「今度の金曜で」 「その日でしたら構いませんよ。…しかし、伏見君が有給休暇を申し出るのは初めてのことなので驚きました。理由をきいてもいいですか?」 まさか室長にきかれるとは予想していなかった。一瞬口ごもる。有給休暇を使って美咲に会いに行くつもりだ。少しでいいから話がしたいと、そう思う。そのことは、過去の自分に約束みたいなものをしている訳でもあるし。言うか迷いに迷ってからぼそりと言う。 「小さいカラスに会いに行きます」 何処までお見通しなのか、室長は、きっとうまくいきますよと目を細めた。 正直、美咲に己を伝えることには恐怖がある。美咲がそれ受け入れてくれると楽天的な考えはできないのだ。だけど、自分なりのケジメをつけなくてはいけない所まで来てしまっている気がしている。ずっと子供のままでいられない。ずっと美咲だけを見ているままじゃいけない。過去の俺が言うように周りを見る様にしないといけないと思う、そう思えた。だから美咲に話す。次会う時は度胸が足りなくて挑発してしまうかもしれないけど、その次がある。またその次だってある。諦めないでいつかは言おうと決めると、自分の中がひどく落ちついたのを感じた。心地よい静寂が流れていく。
「室長」 「はい」 「室長」 「何ですか?」 苦い顔で餡子を食べ進めていた室長が顔を上げた。 「俺が二十歳になったら、一緒にお酒呑みましょう。勿論、副長と特務隊のやつらと皆で」 目を伏せて、小さな声で言った。室長が笑う気配がする。 「伏見君は気が早いんですね。こないだ君は19になったばかりだというのに」 「いいじゃないですか」 「いいですね」 「え?」 「君の二十歳誕生日には皆さんを連れて、私の奢りで呑みに行きましょう」 「……ちょっとだけ、楽しみにしてます」 「ふふ、私はとても楽しみにしています」 少しずつ他人に心を開いてもいいかもしれない。セプター4でなら、何か変われる様な予感がした。
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