小説 | ナノ



セイム・ミー

「どーだった?」
未来の俺は指を鳴らしてスクリーンとリモコン、マグカップを消してから、今にも泣きそうな顔をしてこちらを向いた。どうだったかと言われても、何て応えればいいのかわからない。それに、俺が言葉にするのは違う気がした。
「俺はさ、裏切りモンなんだ。美咲は俺が吠舞羅と美咲を嫌いで裏切ったくらいのことを思ってるんだろ」
実際問題そうなのだろう。美咲は前から単細胞なヤツだ。でも、俺は、そんな美咲の傍にいたかった。
「美咲さぁ、この徴を俺達の誇りって言ってた。…俺は誇りに思えてなかったよ……。そんな風に俺が思ってたのを美咲は知らない、気づかない。それは違うな、俺の気持ちなんて考えてすらいない。アイツは俺が美咲と、常に同じ想いを抱えて一生生きていくと、疑いもしてなかったんだろうな」
寂しそうに言う彼の瞳から涙が一筋伝う。
「俺はそれでもよかった。美咲が見てくれさえすればそれでよかった。それだけで、よかったんだ。……吠舞羅に入って、美咲の一番は尊さんに、吠舞羅になった。美咲にこっちを向いて欲しくて、美咲の一番になりたくて。だから、裏切った」
彼は憎しみという感情は強い感情だと言う。大抵、好意よりも悪意の方が断然強いのだと。
「裏切者として憎まれることで美咲の一番になったんだよ」
嗚咽を漏らして、震える声を出す彼の手に自分の手を重ねた。いっそ尊さんを憎んでしまえたら楽なのかもしれない。尊さんが美咲を奪った、と。でも彼は尊さんを嫌いにはなれないでいるのだろう。自分の苦しみを溜め込んで、パンクしそうになっても堪えてきて、今目の前で子供の様に泣きじゃくる彼は滑稽に見える。この人を馬鹿だと思うのに、俺にはこの人を笑うことなんて絶対にできない。できないよ。



俺が差し出したハンカチで涙をぬぐった未来の俺は泣き止んできたようで落ち着きを取り戻した。
「俺は昨日色々あって、ある能力者と関わった。俺達はそいつをストレインと呼んでる。出会ったストレインは俺にこう言った"お前自身に会わせてやる。過去のお前に"と。可笑しな話だよな。でも、もうわかるだろ。そのおかげで関わるはずのない俺達は出会った」
15歳の俺、伏見猿比古と、19歳の伏見猿比古。決して交わらないはずの二人が19歳の俺の精神世界というこの場所で出会ったのだ。ここに来て、結構な時間がたったと感じる。いい加減、非現実的なことを言われるのにも、困ったことに慣れてきてしまっていた。
「俺はさ、誰かに知っていて欲しかった。俺がどんな想いでいたのか」
我ながらに不器用な人だ。自分の感情一つ、まともに言葉にできないでいたんだ。たくさんの想いを美咲に伝えず仕舞いになんだ。なんてもどかしい。言えば何か変えられるかもしれないのに。
「アンタは俺だし、こんなこと俺が言えたことじゃないんですが、アンタは、もっと……他の人を、その……頼ってもいいっつーか…美咲以外に目を向けてってゆーか…。後、アンタの想いは……美咲本人に伝えてくださいっ」
やっぱり俺に偉そうに言えたことじゃなかったみたいだ。不器用な19歳の俺の4年も前の俺は更に不器用なのだから。上手く人に伝えるなんてできやしない。
未来の俺はポカーンと開けた口を閉じたかと思えば笑い出した。それも、声をあげて。
「そうだな。そうかもしれない。…そうして、みる」
彼は笑いを抑えて、急に俯いた。少しだけ頬が赤い。
「…ありがと。……楽になった気がする」



「そろそろだな。タイムリミット」
未来の俺はこの空間には限界があるのだと説明した。俺を連れてきたストレインの体力の関係らしいのだが。
一つ聞きたいことがあった。未来の俺と会ってから、片隅で考えていたことが。
「俺が、アンタと違う行動をとったらどうなるんです?」
俺はこれから自分がどうしていくかを知ってしまった。美咲が隣にいない未来があると、知ってしまった。
「例えば、俺が美咲を裏切らなかったとしたら?」
「俺とは違うお前になるよ」
「19歳のアンタは消える…?」
「ちげぇよ、俺は消えない。…いい説明できねぇけど、お前が過去で何をしようと、俺の過去、今、未来に影響はない。俺達は同じ伏見猿比古だけど、違う世界の住人なんだ」
「まどろっこしい」
「確かに。…ともかく、お前が未来を知った時点で、俺とお前の道は別れた。俺には、これから美咲と仲違いしますよーなんて教えてくれるヤツはいなかったからな。イフの世界、パラレルワールドってモンか?」
やっぱり上手く言えねぇと舌打ちする彼にかける言葉はすぐに浮かんできた。
「何が違くても、根本は同じ俺ですよ。俺は俺でしかないんです」
「そーかもな」
お別れの時間がきた様だ。薄れていく視界の中で彼の表情は見えない。でも、笑っているのだろう、きっと。