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シアター 下



72


映像が変わった。今度はどこかの店の中な様で、俺はカウンターの一番端の席に腰かけて、何処か一点を見つめている。視線の先にいたのは案の定美咲だった。美咲はたくさんの人達に囲まれて騒いでいた。俺には見向きもしない。知らない。自分の隣以外で笑う美咲なんて。そんなの知らない。
「…ここは?」
「バーだ。吠舞羅の幹部が経営してる。奴等のたまり場だな」
未来の俺がスクリーンから聞こえてくる楽しそうな声を聞いている。その横顔は寂しそうに見えた。
『コーヒーいるか?』
カウンター越しに話しかけてくる人物がいた。この人がバーのマスターで吠舞羅の幹部だろう。
『いいです』
『さよか。欲しくなったら声かけてな』
『何々〜?コーヒー?草薙さん、俺の分出して!』
今まで美咲達の中にいた奴が一人、草薙さんと呼んだマスターと俺の傍まで来た。その人は吠舞羅という集団に似合うとは思えない。暴力なんて、奮いそうにない外見だ。
『俺は伏見にきいたっちゅうのに。しゃーないな、わかったわ』
『やったぁ。ありがとう』
その人は仏頂面の俺の隣に座ると、隠し持っていたのか小さいタイプのオセロを取り出す。
『サルくーん。オセロやんない?』
『俺じゃなくて、あっちの人達とやればいいでしょ』
『そんなこと言わないでさ』
『そういう気分じゃないんで』
『えー』
『……十束さんチェスハマってませんでした?』
『そんなの昔の話だよ。今はオセロの時代っ』
その後結局断られて、十束さんというらしいその人はしぶしぶ諦めた様子でオセロをしまった。
「美咲をとられちゃいましたね」
美咲は俺を見なくなった。俺が未来の俺に、他人事の様にそう言った。彼は、そうだなと力無く笑うだけだ。
「この後、どうなるんです?アンタは今も吠舞羅に…?」
「どーなると思う?」
「生憎、検討もつきません。でも、アンタを見てたら美咲と上手くやってないことはなんとなくわかりました」
「クソガキが」
「クソガキって…俺はアンタですよ」
彼は多分気付いていて見ないふりを続けているんだ。いるじゃん、俺を見てくれる人達が。俺は美咲だけを見ていたから知らなかっただけ。でもきっと今このスクリーンを見ているからこそ、その事実に気付けたと思う。見ていなければ、四年後には隣の奴と同じになる。


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「お前に見せんのはこれが最後だ」
言葉と同時にスクリーンには、雨の中、傘も持たずに地面に座り込む俺がいた。近くを歩く人達の中には俺を訝しげに眺める人もいるが、誰も声をかけようとはしない。世の中なんて、そんなものだろう。俺は動くつもりはない様子で、降下する雨粒を虚ろな目で見つめている。
『こんにちは』
スクリーンには鮮やかな深い青の傘をさした人物が俺の前に立っていた。傘が邪魔で、顔は見えない。きっと、座り込んだ俺にだってその顔は見えないだろう。
『伏見、猿比古君』
静かに響く声で、名前を呼ばれた。
『私の世界の一部になりませんか?』
問いかけであるのに、どこか絶対的に聞こえるその声の主に差し出された手。自分と同じ真っ白な手をとる。あの時尊さんの手をとった美咲の様に躊躇いはなかった。でも美咲の様にすがる様ではなかった。
「あの人は今の俺の上司、宗像礼司。吠舞羅とは仲が悪いセプター4ってゆー組織のトップだ」
未来の俺に現実に引き戻された。彼は何処から出したのかコーヒーカップを手に、俺を見ていた。
「さっきの、顔も見ないで、誰かも知らないで手をとったんですか?」
「顔は見てないけど、誰かはだいたいわかってた。確証はなかったけど。…その時の俺には、そいつが誰かなんてどうでもよかったよ。……取り残された世界から救い出してくれるなら」
コーヒーに口を付けてから、彼は言葉を続ける。
「でも、今はそれがしつちょ…宗像さんでよかったと思ってる。それに、あの人以外に俺が必要なんていう変人はいないだろうし」
晴れやかな表情を見て、安堵を感じた。自分の未来にも良いことがおこるらしい。美咲が離れていってずっと独りぼっちなんて、あまりに惨めじゃないか。
「ちょっと早送りすんぜ」
彼がリモコンの黄色いボタンを押す。スクリーンには、怒りを顔いっぱいに浮かべた美咲が現れる。思わず息を飲んだ。
『俺はセプター4に入ったんだ』
対する俺はいつもの様な美咲をからかう時の口調で、ほのかに口元には笑みが浮かんでいる。
『なんでだよ、なんで裏切った』
美咲にキツく責める風に言われても俺の表情は変わらない。むしろ、口角が少し上がっただろうか。
『これは、この徴は俺達の誇だろうが』
美咲俺の襟を引っ張り鎖骨の下の徴を晒す。徴に拳を突き付けられた。俺は手に、あの尊さんの炎と同じそれを灯して徴に傷をつけた。美咲の表情が歪む。
『あーあ、お前の言う誇りが潰れちゃったなぁ、美咲ぃ』
でも、俺もそれは同じで、悲しそうに表情を歪めた。
『ぶっ殺してやる』
会話が続いた後、美咲は最後に憎しみを込めてそう言い捨てた。信じられなかった。美咲にそんな目をして、そんなことを言われる未来がある。そのことが信じがたくて辛い。無性に泣きたくなった。