小説 | ナノ



シアター 中



61


画面がパッと切り替わる。コーラの瓶を片手に電柱に寄りかかる俺と、同じく寄りかかって携帯ゲームをやっている美咲が映る。美咲が持っているゲーム機は見覚えのないものだった。
「これはいつの話ですか?」
「中三の時。お前の身に、明日おこるだろう出来事だよ」
よく見るとスクリーンの下の方には日付が書かれており、確かに明日のものだ。この日付は自分にとって明日なのに、同じスクリーンを見つめる彼にとっては過去のことだという事実に実感がわかない。
映像では、美咲が俺の手から瓶をひったくって少し飲む。そして、まだ中身の余るそれを人通りのある方へ構わず放り投げた。画面の中の俺は息を飲んで放物線を描く瓶を見ていた。瓶の向かう先には燃える炎の様な赤い髪をした男性の頭だ。あたる、そう思った。だが、男性はぶつかる寸前で、前から気づいていた風に瞬時に振り返えって、難なく瓶を片手に収める。俺と美咲は驚いた間抜けな顔をしてその様子を眺めていた。
「チッ」
未来の俺が心底忌々しいといった表情で舌打ちをする。
「こんな出来事がなければ」
ぽつりと彼が言った言葉は妙にはっきりと聞こえた。
「投げた瓶を受け止められる、なんて、凄い出来事じゃないですか」
どうでもいい感想をぼやく俺から彼は目を反らす。
「凄かったんだ。あの人は。だから美咲が…」
彼はまた舌打ちして、どかりとソファに座り直して体を埋める。今まで自分より大きかった彼が小さく見えた気がした。
赤い髪の男性の連れと思われる一人が俺と美咲の方振り向いて何か言いかけたところで、未来の俺はリモコンのボタンを押した。


65


『なぁ、猿比古。一緒に吠舞羅に入ろうぜ』
スクリーンからの美咲の声だ。その台詞は、まるで、遊びに行こうとさそうみたいに軽いものだった。スクリーンの中の俺は美咲に見えない様に、一瞬だけ悲しい顔して、それから、
『美咲が入るなら』
と頷いた。
「ほむらって何なんです?」
「…チンピラ集団」
「じゃ、美咲はチンピラ集団に入りたいって言ってるってことでしょー。俺も入るらしいし。何でそんなくだらねぇモンに…」
未来の俺が血相を変えた。彼が下を向いて、くだらねぇよなと、ぼやく。
「でも、そのくだらねぇチンピラ集団のボスは、美咲にとっての救世主サマだったんだよ」
彼は自嘲を込めて口角を上げた。彼が虚ろな目をして見るスクリーンには、あの、61話でも見た赤い髪の男性が俺と美咲の前に立っている場面だ。男性が両手に紅い紅い炎を灯し、俺達に差し出した。美咲が躊躇いもなく紅い右手を握った。その様子を見て、すがる様だと思う。俺は美咲に少し遅れて、男性の左手をとっていた。炎は二人の手を決して焼くことは無く包み込んだ。
「あの人が、美咲を救った?」
未来の俺は何も言わない。でもあの人だ。美咲が尊さんと呼ぶあの人が美咲の救世主で、俺にとっては悪魔なのかもしれない。
『俺の徴、鎖骨の下だ!サルは?』
『俺も同じ』
スクリーンの俺が服の襟を捲ると鎖骨の下に赤い徴が現れる。ふと横を向けば未来の俺も自身の鎖骨に目を向けていた。彼のそこにもあの赤い徴があった。そしてその上には痛々しい傷がある。
「画面でさ手ぇ握って徴が現れてただろ。あれは儀式みたいなヤツであれをやると吠舞羅に入れる」
手を握ると徴が浮き出る。なんて、非論理的なんだろう。そんな俺の考えを見透かしたのか彼は、
「わかんなくていーよ」
「そーですか。……その傷は?」
「80話でそこら辺の話になるから」
今はきくなと、未来の俺が目を伏せた。
『同じ場所にってすげぇ!俺達、吠舞羅でもいい仲間になれそうだな』
スクリーンからの美咲の声がやけに大きく響いた。同じスクリーンの中にいる俺はどんな気持ちでいるんだろう。きっとこの時点で美咲の一番は俺じゃなくなったんだ。あの男、尊さんになった。わかる、わかってしまった。他でもない美咲のことだから。恐ろしく怖さが込み上げてくると同時に、やっぱりかと思った。やっぱり、ずっと二人ではいられない。