小説 | ナノ



アナザー・ミー

未来の俺はぽつりぽつりとこの場所の説明を始めた。彼の話によればここは未来の俺の精神世界、言わば心の中みたいなものらしい。吠舞羅って聞いたことある?ときかれた。そんなの知らないと答えれば、そりゃそうだろうな、と彼は言う。知らないお前を連れて来たかったんだからとも言った。彼は何か目的があって、未来の俺が関わっている能力者の力を用いて俺と精神を共鳴させたのだそうだ。未来の俺は色々なことができるようになっているみたいだ。
「で、今の話信じられる?」
「イマイチ…」
正直に言うと、彼は舌打ちした。
「無理なのかもしんねーけど、何とかして信じろ」
無茶苦茶を言われたが、勢いに負けて頷く。
「それで、どうして俺を連れて来たんですか?」
「見せたいモンがあるから?」
「なんで疑問系」
未来の俺は苦笑して、それから眉を下げる。
「見せていいモンなのかわかんない。見て後悔するしないはお前次第」
なんだよ、それ。さっきの彼の様に舌打ちをしたかったが、それは抑えた。
「わざわざ連れて来られたのに、何もしないで帰るなんてごめんですよ」
未来の俺は何かを見せるために俺をここによんだ。それが何であるのかを知りたいという好奇心に勝るものなど、今の俺は持ち合わせていない。
「あっそー。…後で後悔して泣いても知らねぇから」
「泣かねぇよ」
最初に泣いてたのはそっちだろ。苛ついて、つい敬語が外れた。

移動すると言ってから、未来の俺は真っ黒な空間を迷いなく歩き続けている。こんな黒い空間に何かがあるなんて俺には想像がつかない。ここはどこまで行っても黒い様な気がする。ブラックホールの中はこんな風だったりするんだろうか。
未来の俺が足を止めたのを見て、俺も立ち止まる。ここには相変わらず何もないというのに。彼はパチンと右手で指を鳴らした。瞬間スクリーンとリモコンと、ちょうど二人が腰かけられそうなソファが音一つたてずに現れる。彼はソファに腰かけ、リモコンを手にとると、俺にも座る様促したので素直に10センチくらいの距離を開けた隣に腰かけた。
「急に物が出て来ましたけど、どうなってんですか?」
「細かいこと言うな。ここは何でもありだと思っとけ」
「はぁ。…で、まさか、男二人で映画でも見るつもりじゃないですよね」
前のスクリーンに目を向けた。自宅の最新型テレビの二倍以上はあるだろうそれは、まだ何も映してはいない。
「ちげぇよ。今から見るのは俺のお話。ま、記憶みたいなモンだな」
「記憶みたいなものがコレに映る…」
「そー。このスクリーンには100個に別れた俺の話が入ってる」
「100?」
未来の俺はリモコンを俺に見える様に掲げた。リモコンには小さい番号付きのボタンが100個並んでいる。
「押したボタンの番号の話が再生されるんだ。勿論100話全部を見る訳じゃない。実際に見るのは5話くらいの予定。ちなみに100話ってのは、俺の今までの人生つーか記憶?を100等分したもの。1話目は古い記憶で、100話に近づくにつれて俺の最近の記憶に近づいていく。わかった?」
人生の物語を100に区切り、それが映像になっているという解釈で間違いはないはずだ。
「わかりましたー」
「じゃーさ、1〜100のうち、何番目の話が見たい?直感で五つ選んで」
「…1、61、65、72、80の五つ」
直感でと言われたから、本当になんとなく選んだ数字を並べると、彼は口角を上げた。
「やっぱお前は俺だな。いい引きしてるぜ」
「よくわかんないけど、どーも」
彼はリモコンをスクリーンに向けて、俺の瞳を覗き込む。
「上映開始」
彼の白い指が「1」と書かれたボタンを押した。