小説 | ナノ



クロス・フェイト


「俺はお前の傍から離れねぇから」
そう言った美咲の顔、声、仕草。その全てを昨日のことの様に、鮮やかに、鮮明に思い出せる。それは完璧と言ってもいい程。
俺にとってその言葉はただ一つの救いだった。美咲が隣にいるこの世界が、息のできる場所だった。
でも、それでも、気づかなかったふりをしただけで本当は知っていたんだ。二人の世界の終焉があることを。
神も仏も自分さえも信じていなかったけど、俺はいつも願ってた。お願いだから美咲をとらないでくださいって。




瞼を開ければ、視界には黒しか映らない。自分は真っ暗闇に包まれているのに、自分は浮き上がったみたいに白い光を帯びて映っていた。感覚がおかしかった。宙にふわふわと浮いているような、おぼつかない感覚。ここはどこだ?こんな世界、俺は知らない。
自分が置かれている状況を把握したいと耳をすませば、泣き声が聞こえる。それは声というより、うめき声の方が近いかもしれない。押し殺されかけた悲痛な声は後ろからしていた。背中がぞくりとするのを感じたけれど、恐る恐る振り向く。人?予想と反して、蹲っている男らしき人間が一人いるだけだった。青い服を身に纏い洋刀を震える右手で掴む彼の顔は見ることができないが、きっと苦しくて辛くて、だけど自嘲を込めて歪んだ表情で笑っているんじゃないかと思った。一歩、二歩と近づいて男の傍らにしゃがんだ。生憎彼を心配する優しさは持ち合わせていない。それでも話しかけたのは、この不可解な世界が何か知りたいという気持ちが少なからずあったからだろう。
「すみませーん。ここ、何なんですか?」
やっと俺の存在に気付いたかの様に、男が顔を上げた。彼は涙を左手で擦って眉をしかめ、俺は目を丸くして彼の顔をまじまじと見つめた。驚くのは無理もない。鏡の前にいるのか疑いたくなる程に自分とそっくりな顔が現れたのだから。でも、数秒見ていると違いがわかってくる。目の前の男の顔は似て非なるものだ。俺よりも大人びた顔立ちをしている。まるで自分の将来を見ている様な気分だった。
「いつまで人の顔じろじろ見てんだよ。てめぇの顔と同じだろうが」
きもちわりぃと彼は俺を一睨みして言った。
「同じ顔だから驚いたんですけど」
負けじと舌打ちを添えて返してやると、彼も忌々しそうに舌打ちする。
「我ながらムカつく。……久しぶり?…15歳の俺」
15歳の俺?ってことは、さっきの考えは間違えじゃなくて…。
「お前の考えはあってると思うぜ。俺はお前からしたら4年後の姿だから」
さっきまで泣いていた面影はどこへやら。ダルそうに言う彼を半信半疑で見つめた。
「じゃあアンタは、19歳の俺だって言うんですか」
「そー。お前はこのまま成長すればこうなるって訳」
「そんな髪型になって、そんな物騒なモン持って、ヘンな服きて歩くなんで想像つきませんよ」
「そうだろうな」
未来の俺はフッと鼻で笑う。
「そんな風になったら、美咲はなんて言うんだか…?」
今は隣にいない、友達と言うには近すぎて、家族というには程遠い同級生を想う。今頃どうしてるだろう。
「さぁな」
顔を上げた。未来の俺は悲しげに笑っていた。俺はこんな顔をする奴じゃなかったはずだ。これは夢か現か。