▼ メモ*



その場に倒れ込んだ自分。傷口から溢れる生暖かい赤。いうことを聞かない身体。痛い、痛い、痛い。体が震えている。"まだ生きたい"と悲鳴をあげている。こんな状況は初めてだった。表情が歪む、食いしばった歯に力が篭る。
窮地に立たされて思い知る死の恐さ。それはスクルドが今まで見て見ぬフリをしていた己の感情だった。無痛の能力は見せかけの強さで、皮を剥いでしまえばこの様だ。情けなかった。自分は"まだ生きたい"、その声を聞いて聞こえぬフリをしてきたも同然だ。
思い出すのは遠い昔の記憶…。一度だけ、たった一度だけオーディンに本気で殴られた事があった。「無痛の能力を持ってるからって自分の体をぞんざいに扱い過ぎだ。そこには傷が付いている、痛みは無くても傷はつくんだ。」その時の俺は、いつもの様に笑ってごまかした。
やっとわかったよ、オーディン。お前の言う通りだ。悔しいな…結局俺は何も守れなかった。目の前に立っている赤髪の男は静かに笑っていた。押さえきれない激痛に神経が麻痺しそうだ。目の前が霞む。もう立ち上がる事は出来ない、やがて俺はこの男にトドメを刺されるんだろう。
「…あの頃に戻って、やり直したいな。」
貧しくて、いつも怪我まみれで、それでも笑顔が絶えなかった…楽しかったあの頃に。オーディン、ニル…俺の大切な親友。
「それは叶わない願いだな」
目の前の男が言い放つ。次に聞こえてきたのは鞘から引き抜かれる短剣のスーッとした金属音。

(アースガルドからイザヴェルに視点切替)

水溜まりの水を弾き、ゆっくりと近付く足音。二人の陰が重なった。男はスクルドに気付かれない程度で深呼吸をし、短剣を振り上げる。
「…いやな雨だ」
そっと呟いた。もはや聞こえてすらないだろう、スクルドに意識は無いようだ。男はスクルドの喉元を目掛けて真っ直ぐに短剣を振り下ろした。

薄暗い通路に女物のヒールの音が響く。地下空間にあるこの施設は地上よりも音が反響しやすい。一定間隔で響いていたヒールの音はある男の側に近づいていき、やがて止まった。
「…ターゲット253の追跡状況は?」
男は持っていた資料から視線を逸らさず聞いてきた。
「ターゲット確認後の通知以来は通信が来ていない。もしもの事があったらすぐに援護に行けるよう準備はしてるけど…」
エルは細かく任務を報告してくる、そういう人だ。こちらから通信をするのも出来なくはないけれど、任務の邪魔をするのも悪いから極力通信は入れない。
「そうか…、ターゲット253はアースガルドのスクルド。そう手こずる相手じゃないだろう。通信が来るまで待機しとけ」
私は静かに頷いた。男は…ボスは…きっとエルが勝って帰ってくる事を想定している。ボスは"もしもの事"を考えない。
それはエルが"もしも負けたら"の状況が怖くないからだ。能力者が能力者を殺す時、死体から結晶が出てくる。ボスはその結晶の採取が絶対であって、仮にスクルドがエルを殺しても結晶が採取できるから、エルの死を恐れない。ボスに仲間意識なんて言葉は理解出来ないんだ。
私は怖い。エルが生きて帰ってくる事を願ってる。通信端末機に通知が来ていないか何度も確認し、その度に不安にかられる。だけどボスの計画が絶対であって、仮にエルが死んでも計画は進めなくてはならない。…きっと泣く暇なんてないだろう。

静かな雨音に包まれた空間。赤髪の男、エルはスクルドの喉元を狙いに短剣を振りかざしていた。
「…いやな雨だ」
そう呟いた言葉は誰の耳にも届いていない。短剣を振り下ろす。それと同時に銃声が聞こえた。油断していた。エルは銃声の方に振り向き舌打ちをならす。
弾丸はエルの短剣の刃を砕き、狙いが狂った手元はスクルドの肩に刃を立てる。浅い。砕かれた刃物なんかじゃ相手は殺せない。エルは視線の先に居る人物を見据えた。
「よくここに居るって、分かったな」
挑発のつもりだったが相手は聞いているのかいないのか無表情のままだ。右手には銃。それ以外に武器は持ち合わせていないようだ。
「…雨が、…雨がスクルドの居場所を教えてくれたんだよ。」
相手は無表情のままそう言った。その言葉の意味は分からなかったが、銃を持つ右手が震えている。武器を持たない今の自分では勝ち目が無い。撒けるか…
「君は僕の大切な友達を傷付けた」
相手の無表情に怒りが篭る。あからさまな殺意を見せているわりに撃とうとはしてこない。俺は端末機を取出しティーラに通信を入れる。
「悪い、任務失敗みたいだ」
次の瞬間には粉々になった端末機が目の前に散らばっていた。
「ー…っ!!」
これ程まで的確に迅速に的を射止めるガンナーは見たことがない。相手は銃を構えたまま話してくる。
「君をアースガルドに連れて帰る。少しの尋問に付き合ってもらうよ」
相手には俺を殺すという選択肢が無いようだ。甘い。
「悪いが、敵地に行く気はねぇよ!」
俺は近くにあった建設中の建物の鉄パイプを蹴り飛ばした。バランスを崩した鉄パイプの山は、見る見るうちになだれ落ちてくる。そこからはひたすらに走る、飛ぶ、俺のお得意分野だ。相手は俺の追撃よりもスクルドの保護を優先するだろう。…どうやら上手く撒けたみたいだ。



2013/06/10 07:32 (0)

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