いただきます。

慣れた手付きでオートロックを開き、郵便受けの並ぶ狭いエントランスの奥に有るエレベーターのボタンを数回連打する。
5分も掛からない内に俺を迎えに来た小さな箱に乗り、いくつか並ぶ数字の中のひとつを押せば、閉まった扉の後に僅かな重力を感じた。
間抜けな到着音の後に開いた扉をすり抜けて、等間隔に並ぶ扉のひとつにポケットに入れていた鍵を差し込んだ。

ガチャンッと無機質の後にドアノブを捻り手前に引いて入り込むと、玄関にも関わらず漂う煙草の匂いが、この部屋の主がかなり苛ついている事を知らせていてつい苦笑が溢れた。

「おじゃましまーす」

聞こえる様に、でも集中しているだろう彼の邪魔にならない程度にいつもより幾分か声のトーンを抑えながら靴を脱いで挨拶をして、リビングに繋がる扉を開くと
目的の人物はソファの上でダラリとだらしなく横になっていた。

「だらしないよ?」

「……うっせぇ」

たしなめる気持ちは無いので上辺だけの言葉を投げ掛けると、小さく苛ついた様な声が返ってきた。

「採点、終わった?」

「そう簡単に終わるかよ。3年全クラスのだぞ」

大きく溜め息を吐きながら上半身を起こして皺が深く刻まれた眉間を揉む。

「まぁまぁ。明日は学校も休みだし、今日はお前の好きなモン作ってやるからもう少しだけ頑張れ」

ガサリと片手に持っていた袋を掲げてやれば、切れ長の目が少しばかり緩んだのが見えて笑いそうになる。

(ゲンキンな奴……)

一先ず買ってきたこれ等を冷蔵庫へと収めようとキッチンへ向かい、インスタントながらもコーヒーを入れてやろうとすると
腹に長い腕が回ってきたと思った瞬間、背後から掛かった僅かな重みと温もり。

「…どした?」

「……………」

無言で背中に凭れ掛かってくるおんぶお化けに今度こそ小さく笑うと
笑うなとばかりに肩甲骨の間に額を強く擦り付けられて、いたたたと間抜けな声が出てしまった。

「乱暴だなぁ……」

「うるせぇよ…」

抗議を口にしながらも、じくじくと鈍く痛みを訴えてくるそこに未だ置いている額を咎める気にならないのは、コイツが今は酷く疲れていて甘やかされたいと思っているのを知っているからだ。

「……あと、1クラスと半分で終わる」

「おぉ。頑張ったね」

えらいえらいと背中に有るために撫でてやれない頭に心の中だけで少し残念がりながらも褒めてやると
嬉しいのか、さっきと同じ場所をさっきとは違う甘える様な仕草ですり、と擦り付けてくるコイツに口元だけで笑みを浮かべた。

「さて、頑張ったご褒美は美味しい料理と……美味しい俺でどうかな?」

クルリと囲われた腕の中で体を反転させて
後半の言葉は誘うように耳元で尋ねると

「両方いただきます」

目の前の愛しい恋人はとろりと蕩けきった幸せそうな声でそう告げながら俺の唇を貪りに掛かってきたのだった。



end.


ご飯よりも先に恋人をいただいちゃいますもぐもぐ…。
疲れた恋人を甘やかす話が書きたかっただけ。
どっちがどっちかはご想像に…(ry)

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