「トリックオアトリート、刹那!」

「とりっく…?なんだ?」

満面の笑みで呪文を唱えたクリスティナをポカンと見つめながら刹那は首を傾げた。

「なにって…今日はハロウィンだよ?トリックオアトリートって言われた人は、お菓子をあげないといけないの」

「さっきからこの調子でみんなからお菓子貰ってるんだ…」

得意げに言うクリスティナの首からはカボチャが不気味に笑うポシェットのようなものを提げている。黒い帽子を被って笑うカボチャが今にも動き出しそうだ。そのポシェットからポッキーらしきお菓子の入った小袋が頭を出している。テンションが高い先導者に比べてフェルトは少々、乗り気ではないらしく溜息をついている。そんな態度ながら彼女の手にはしっかりお菓子の小袋が握られている。

「すまない、菓子は持ち合わせていない」

「そお?なら悪戯しちゃうぞぉ〜」

一転して不敵にほくそ笑むクリスティナは両手を空で構えると、素早い動きで刹那の脇目掛けて手を伸ばして来た。ギョッとした刹那は身を翻す。

「や、やめろ!」

「あれっ?」

「刹那、素早い」

刹那の体に触れる前に体を後ろに退いたため、クリスティナの手は空を切った。くすぐってやろうと何度も手を伸ばすが、ガンダムマイスターである刹那の体力についていけないクリスティナは途中から諦観の色を見せ始めた。はぁはぁと肩で息をしている。

「むむむ…悪戯も出来ないしお菓子も貰えないなんて…不覚だわ」

「追いかけっこなら受けて立つ」

「もう良いや…降参…」

でもお菓子、と恨めしそうに刹那を見つめる彼女は、闘争心に火がついたのかまたジリジリと刹那との間を詰めていく。臨戦態勢を取る刹那。そんな二人を眺めていたフェルトはそっと諌める。

「クリス…年下からお菓子巻き上げるのは頂けないよ」

「巻き上げてないでしょ!」

人聞きの悪いこと言わないで、と言いながらクリスティナはポシェットから飴玉を出し刹那に渡す。掌でコロンと転がったそれは白地にピンクの水玉がプリントされた包装紙で包まれている飴だった。

「今度は何かちょうだいね〜」

フェルトの手を取って颯爽と去っていくクリスティナ。次はどこ行こうか、なんて話をしながら行くその後姿を、通路に一人残された刹那は間の抜けたような気持ちで見送った。

「なんだったんだ、一体」

嵐にようだったな、と一人ごちる刹那はぽつんと掌で転がっている飴の包み紙を見つめる。両端が捻られているシンプルな包装紙を開けて、真っ白いまん丸なそれを口に放り込む。すると、途端に苺とミルクの風味が鼻から抜けていった。初めて体験する甘みに刹那は思わず呟いた。

「…美味い…」





「トリックオアトリート、と言えば菓子が貰えるのか」

なるほど、こんなに甘い菓子ばかりが貰えるのならクリスティナ達が言って回るのが理解出来る。彼女たちに倣ってトレミーのクルーに言ってみようか、と刹那は画策し始める。ミス・スメラギにラッセにリヒティにイアンに、それからマイスター…と顔を思い浮かべていると、ふいに名前を呼ばれて我に返った。

「刹那、何ぶつぶつひとりごと言ってんだ?」

「ろ、ロックオン」

背後から声をかけられて振り返った先にいたのは、マイスターの中で最年長のロックオンだった。世話焼きなこの男ならこういう日だということを知っていて菓子の一つや二つ、持っていそうなものだと刹那は考えた。口の中で転がるこの飴のように甘い菓子が貰える筈、と表情に出さないものの心の中で歓喜する。

「ん?なんか嬉しそうだな。なんかあったか?」

「いや、特にない」

この男―恋仲でもある―と話すと、たまに心の中を見透かされているような気持ちになる。感情を表立って出すことのない刹那の気持ちの変化を粒さに感じ取って、この男は何かと世話を焼く。こうやって顔を合わせると何かしらの接触を図ってくる彼に対して刹那は、他のクルーにはない感情を抱いている。最年長だからなのかそういう性格故なのか、はたまた相手が刹那だからなのか、始めのことはお節介な奴だと感じていた刹那だったが最近満更でもなくなって来たのだった。そしてそのお節介を最大限に活かせそうな機会が巡って来たのである。

「今日は何か特別な日なのだと、クリスティナ達に聞いた」

「クリス?ああ、そういやさっきフェルトと一緒に俺のところに来たな」

やはり、と刹那はロックオンが菓子を持っているような確信を得た。この男は絶対に何かしらの菓子を持っているに違いない。胸のポケットか?それとも別に隠し持っているのだろうか。さながら獲物を吟味しているかのような目つきで見上げてくる刹那にロックオンは些か居心地の悪さを覚えたが、可愛い恋人を前に特に深く考えることはなかった。

「…そうか、ならば話は早いな……」

「トリックオアトリート」

「はっ?」

「トリックオアトリートだよ。クリスから聞いただろ?」

「………聞いたが……………」

先に言われてしまった、と少ししょんぼりとする刹那をロックオンは不思議そうに見ている。刹那の企みが出鼻で挫かれたことをロックオンが知る由がない。口の中の甘い飴玉がなくなってしまえばもう味わうことが出来ないのだ、と残念に思いながら刹那は小声で呟いた。

「…く、クリスティナ達にも言われたのだが、菓子は持っていない」

「だろうな。じゃ、口の中の、くれよ」

返事も聞かずにロックオンは刹那の唇を奪い、サッと舌を滑り込ませて飴玉を抜き取ってしまった。口の中は仄かな甘みを残してはいたが、すぐに消え去ってしまう。一瞬の出来事に放心する刹那だったが、確かな甘みを持って存在していた筈のものがロックオンの口の中にある、とようやく理解すると腹の底から声を張り上げて叫んだ。

「あ、飴を返せっ!!」

「う、わ 痛ぇ刹那!」

「返せ!今すぐに!」

「悪かった!返すから待て…」

「貴様の口に入ったのは要らん!新しいのを寄越せ!」

身長差のため刹那の拳はロックオンの顔まで届くことなく胸元に容赦なくぶつけられている。あまりの勢いに閉口するが刹那の捲くし立てる勢いは収まらない。飴を返せ!と躍起になっている。

「ちょっとマジで 痛っ 刹那、待っ 刹那さ…刹那様…!」

「俺の飴……あめ…」

「!?」

ぐずぐずと泣きじゃくり始めた刹那に驚きの色を隠せない。刹那はロックオンの羽織っているシャツをぎゅっと握り締めて涙で赤く腫れている目元を隠そうと腕に顔を埋めている。嗚咽がもれ、大きくしゃくりあげる様子は年長者が子供をいじめて泣かせたようにしか見えない。百歩譲っても慰めている図にはなりえない。それを遠巻きに見ているアレルヤは引き気味になりながらもようやく声を絞り出した。

「ご、ご無礼…ロックオン…」

「そんな目で見るな!」


数分後、クリスティナに飴をねだる刹那がいたという。


ハッピートリックオアトリート
(こういう日常があってこそ幸せ)