星を飲み込むまでの過程






部屋に帰るとひんやりとした空気が首筋を撫でた。まるで冷蔵庫を開けたときのような冷たさをしている。今日は日高より先に五島が帰宅していたので、犯人は五島にきまっていた。日高はまたかと思いながらリビングへはいる。半袖シャツから出た二の腕に鳥肌が立った。今日は外もそれほど暑くない。きっと熱中症で倒れる人もいつもよりずっと少なかったはずだ。時刻も夕方をとうにすぎて涼しくなっているというのに。

「この部屋寒いんだけど」

リビングに転がっている毛布の塊にそう言えば、その塊から「うん」とだけ聞こえてきた。そのかたまりは当たり前に五島だ。リモコンを確かめるとクーラーの設定温度は20度になっている。日高は無言でそれを止めた。冷たくびゅうびゅう唸っていた風がやっと落ち着く。五島は「なんで消すのさ」と唇を尖らせて毛布から出てきた。日高は少し不機嫌になる。五島も同じだけ不機嫌だった。

「だってもったいないだろ。電気代」
「電気代なんて家賃に含まれてるじゃない。寮なんだからさ」
「そうだけど、もったいないだろ」
「日高が何言ってるかわかんないんだけど」
「俺はクーラーがんがんつけた部屋で毛布にくるまってるお前の頭が理解できない」
「だって気持ちいいんだって。日高もやればいいじゃん」
「もったいないからやだ」
「だから電気代は定額じゃん」
「だからそういう問題じゃないんだって」

「じゃあどういう問題なのさ」と五島がつきつめると、日高はぐっと言葉につまってしまった。きっとここで日高がすぐに「電気つくるのにも燃料がいるんだからな」とすぐに返せていたとしても五島はちゃんとその問い詰めに対する答えを用意している。「じゃあ日高は日本で毎日どれだけの量の電気が使われてるか知ってるの」だ。そこで絶対に日高は黙ってしまう。日本や世界の電気の消費量と比べてしまったらもうこの部屋ひとつを極寒にするのにかかる電気代なんてたかがしれてしまう。けれどそういう人がいるから日本全体の電気の消費量があがっているのだ。日高も五島もそれはちゃんとわかっていた。わかっていても、日高は絶対に口では五島に勝てない。最終的に手や足が出る。今も日高は無言で五島を小突いた。そうしていつもの「口で勝てないからって手ぇ出さないでよ」という台詞が続く。

「だってお前屁理屈ばっかこねるじゃんよ」
「屁理屈じゃないよ。日高の言ってることが矛盾だらけだからそれをつついてるだけ」
「それを屁理屈っていうんだって」
「口で勝てないからって負け惜しみいうのやめてよね」
「・・・もうおまえと話すのやだ」
「じゃあ黙ればいいじゃん」
「あーもうやだ。根暗がうつる」
「うつんないよ。なんか根拠あるの」
「そういうとこが嫌い。もう黙れよ」
「は?日高から話しかけてきたのに?」
「あーあーあーもうなんなんだよ!!まじで!うざい!」
「そうやって馬鹿みたいな単語連発するのやめてよ」

日高はもう一発くらい五島を小突いてやろうかと思ったけれど無限ループになりそうでやめた。そうして溜息だけ吐いて、ソファにふて寝を決め込む。けれど日高が無視を決めるとかならず五島が日高にちょっかいをかけにいく決まりになっていた。今日もそうだ。まるで遠い昔からそういう決まりになっているんじゃないかと思うほどに、そうなのだ。

「日高ーねーねー日高ー寝るの?」
「あーもう矛盾してんのはどっちだよ!!」
「人なんて矛盾する生き物だよ。だって矛盾がないと運動はおこらないんだよ」
「俺頭悪いからそういうのわかんない」
「死ぬのに生きるんだよ」

その台詞になんだか重々しいものを感じて、日高はすこしむっとした。少しだけほんとうに腹を立てた。日高の瞳が静かになったのを見て、五島は困ったように口の端を持ち上げる。

「死にたくないから生きるんだろ」
「なにそれ」
「お前の好きな屁理屈」
「嫌い。うざい」
「そうやって馬鹿みたいな単語並べるのやめろよ」
「日高も人の真似するのやめてよね」

日高はむっとしてまた五島を小突いた。そうして五島がまた「口で勝てないからって手ぇださないでよ」と言う。無限ループだ。ずっと続いていく。呼吸をするように、二人は話し続ける。そうして夜がふける。いつもと同じように。これからもずっと。そう決まっている。ずっとむかしから、きっとそうきまっていたのだ。


END


ういひさんへ愛をこめて。

title by √A

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