ブルー・ロンリー・ナイト





ひとりきりの夜というものは久しぶりだったような気がする。加茂は薄暗い室内を見渡してみて、少しだけ胃のあたりが寒くなるような心地を覚えた。電気代はとくに気にしなくてもいい環境だったが、なんとなくキッチン以外の明かりは消している。必要でなかったからだ。加茂は一人でカスタードクリームを作っていた。きっちりと量を計った材料を混ぜて、艶が出るように、火にかけている。ゆっくりと、焦げ付かないように、艶を出していくのだ。もう随分手馴れた作業だった。少し前までは加減がわからなかったのだけれど、今ではもうその感覚がしっとりと手に染み込んでいる。ヘラにまとわりつくクリームのように黄金の艶めきをして。

今日、道明寺は中番だった。帰ってくるのは日付が変わる少し前になるだろう。なにもなければ、それくらいの時間に帰ってくる。ちょうど、今加茂がつくろうとしているミルフィーユが出来上がるころだ。道明寺がなんとなく「甘いものが食べたい」と言ったので、なんとなく作っている。甘やかしている自覚はあった。けれどこれくらいならば別にかまわないだろうとも思っていた。加茂は出来上がったカスタードを、空気が入らないように容器に入れて、冷蔵庫で冷やした。そのあいだにフイユタージュを作る。生地の部分だ。もうレシピ本を見なくても作業工程は頭に入っている。手間暇のかかるお菓子だ。けれど手間暇をかけたぶんだけそれが幾層にもなってほどけていくお菓子だった。バターを織り交ぜた生地を何度か折りたたみ、伸ばし、伸ばしては折りたたむ。それを五回繰り返してから、加茂は少し考えた。少し考えてから、もう一度折りたたんで、伸ばした。あたりが暗くなって、もう夜が降り注ぐようになっていたからだ。何層にも何層にも重ねられた夜が、そこにあった。

実費で購入したオーヴンでじりじりと焼き上げると、部屋中に甘ったるい匂いが充満した。胸が重たくなるような匂いだ。バターと砂糖がこれでもかと溶け合ったような、目眩のする空気を加茂はゆったりと吸い込む。ナイフでサクサクと生地を真四角に整え、その上に冷やしていたカスタードを絞り出していく。きっと舌触りはなめらかだ。生地は三枚だけ重ねる。それが基本だ。何事も基本を疎かにしては成り立たない。加茂は何かを飾り立てるのはあまり好きではなかった。そのままのかたちでいい。見栄えはたしかに大切だけれど、それいじょうに、あるべきかたちというものが、ちゃんとある。そのかたちに整えるだけでいい。それが最高なのだ。

出来上がったミルフィーユはまだあたたかさを残していた。丁寧に作っていたから、随分時間がかかった。重ねた層は、いつか解かれるときを待っている。シンプルなかたちをして、それは真っ白い皿の上に乗せられていた。加茂はそれに手をつけようとはしなかった。加茂は、甘いものがあまり好きではない。このありきたりなミルフィーユがゆったりと冷めた頃に、道明寺が帰ってくる。今はただキッチンの明かりだけが、寂しく揺れていた。


END

title by 彼女の為に泣いた

えぃみぃさんへ。
遅くなりましてすみません。
加茂道は短編で書いた経験がほぼなくてですね…一応加茂道なんですが道明寺が出てこないっていうなんか申し訳ないことになりましたすみません。
リクエストありがとうございました。

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