睫毛をさわりあえるほど僕らは親しいらしい





伏見は少しだけ意外な面持ちで宗像を見つめていた。視線の先の宗像は当たり前のように身体を椅子の背もたれに預けて眠っている。そうだそれは当たり前なのだ。人ならばだれだって睡眠を必要とする。その必要の量に多い少ないはあるけれど、誰しもが夜は眠るのだ。そうして夢をみる。覚えているか覚えていないかは置いておいて、夢をみる。宗像がそんなたよりない虚像の中をたゆたっているのは伏見にしたらなんだか気持ち悪いことのように思えた。宗像がちゃんと人間らしくしていることがどうして気持ちが悪い。けれど、どこかそれをみて安心する自分もいた。そうかこの人はまだ人であったのかと。それは当たり前のことだ。けれどあたりまえというのはなかなかに難しい。

伏見は別にそのまま宗像を寝かせておいてもよかったのだけれど、休憩時間とはいえさすがに勤務時間中であったのでその長い睫毛に触れてみた。こうすれば人間がちゃんと目をあけるのだと伏見は知っていたのだ。はたして宗像はゆったりと瞼を持ち上げたし、その瞳には彼に似つかわしくなく不機嫌が塗り込められていた。伏見はなんてことない顔で「これ、頼まれてた書類です」とぶっきらぼうにそれをデスクの上に投げた。宗像はまだ寝ぼけてでもいるのか、それをゆるゆると見つめてから、「ああ、少し眠ってしまっていたようですね」と言った。ひどく人間らしかった。

「…室長でも寝るんですね」
「ええ、わたしも眠りますよ。人ですから。これでも」
「自覚あるんじゃないですか」
「少々人間離れはしているでしょう、さすがに」

それでも心臓を貫かれれば死にますし、肌を裂かれれば赤い血が流れるのです、そう君と同じように、と宗像は呟いた。それは伏見に向けられた言葉であったけれど、どこか空虚で薄っぺらなような気がしていけない。伏見がそろそろ退室したいなぁと思ったあたりに、宗像は違和感の残っているらしい睫毛を指で撫でた。それが幼い子供のような仕草に見えて、伏見は少しだけ笑いを堪えなければいけなかった。あんまりそぐわなかったものだから。

「君は色々なことを知っていますね」
「普通じゃないですか」
「普通は声をかけて人を起こすものです」
「そうですか。声、張り上げるの面倒だったんで」

宗像は肺に溜まっていたらしい古い空気をゆったりとした仕草で吐き出した。宗像もちゃんと呼吸をする。伏見と同じように。だれしもがそうするように。そうしてから、いつもの不遜な顔つきになって、デスクに肘をついた。そうして少し考えて、薄く笑ったところで「どうやら睫毛をさわりあえるほど私たちは親しいらしい」と言った。彼の人間らしさがばらばらと剥がれていくような気がして、伏見は「どうだか」と目を伏せた。あまり見ていたいものではなかったので。


END

title by 深爪

ぴよちよさんへ!
遅くなってしまってすみません!
礼猿か秋伏とのことでしたので雰囲気な礼猿で…
短い文章ですがリクエストありがとうございました!

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