今夜は冷えるから世界征服はまたあとで






世界征服を考えるような人間はただただ病んでいる。中学二年生のときにでもやったゲームやら呼んだ漫画に影響されすぎているのだ。そんなことを計画したところでかならず正義のヒーローでも仮面ライダーでもなく警察に捕まるのがオチなのだ。現実はそこまで甘くない。伏見はそれをちゃんとわかっていたけれどなんとなく世界征服について考えていた。真夜中は人に考える時間を与え、睡眠時間を奪っていく。部屋でもなく寮の少しだけ明るいエントランスのベンチに座って、伏見はゆったりと溜息をついた。

世界征服とは少し違うのかもしれない。ただちょっとだけ明日世界が滅びればいいとは思っていた。明日は早番だからだ。朝はやくおきなければいけない。仕事のためだけに。もうすこし充実した理由のために早起きをしたいだなんて思うほど伏見は夢見がちではなかった。現実はいつだって差し迫っている。どうせならはやく飲み込んでくれればいいのに、とにかく夜という猶予だけは与えてくれるのだから面倒だった。眠れない夜ほど叫びだしたい時間は存在しないのに。

「あれ、伏見さん」

声に顔をあげるとそこには日高がいた。日高は財布だけ持って、服装は部屋着らしいジャージだった。実に恰好がついていない。伏見が舌打ちをすると日高はきまりがわるそうに苦笑した。

「どうしたんですか、こんな時間に」
「べつに」
「俺は飲み物買いにきたんです。なんか眠れなくて」

明日中番だからまあいいんですけど、と日高は聞いてもいないことをべらべらとしゃべりながら自販機にお金をいれた。エントランスには自販機がおいてある。それだけが薄明るく発光していた。その横に伏見の座るベンチがあるのだ。ガコンという音が二回する。五島のぶんかと伏見は思ったのだけれど、日高はそれを伏見に差し出した。

「おごりです」
「なんで」
「いや、ここ寒いじゃないですか」
「いや・・・」
「いいから受け取ってくださいよ」

日高はどうにも引き下がりそうになかったので伏見はしかたなくそれを受け取った。あたたかいカフェオレだった。自動販売機のひかりを受けて、それは淡く発光しているように見える。冷えていたらしい手のひらにそれは熱かった。それに触れてはじめて、自分の身体がとても冷えていることに気がつく。

伏見は「ブラックのが好きなんすけど」と文句をいう。日高は困ったように「こんな時間にそんなの飲んだら眠れなくなりますよ」と。

「伏見さん明日早番じゃないですか」
「・・・ストーカーかよ」
「ひどい!いや明日ゴッティーも早番なんでそれで覚えてたんですよ!たまたまですたまたま!」
「別に本気じゃねーよ」
「伏見さん冗談かそうじゃないのかほんとわかんない人なんで勘弁してください・・・」

日高はあまり長居をするつもりはなかったようで、すぐに「じゃあ俺はこれで」とエントランスをあとにしようとした。けれど踵を返す前に、「なんか今日寒いんで風邪ひかないようにはやく寝てくださいね」と口うるさいことを言った。伏見はそれに適当に「ああ」とだけ返す。日高の足音はすぐに階段を登っていってしまったのだけれど、伏見はしばらくそれに耳をすましていた。戻ってきやしないだろうかと、息を潜めて。


END


title by 深爪

いずこさんへ!
遅くなってしまってすみませんでした!
短い話ですがリクエストありがとうございました。

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