route munakata 7






伏見の病室は基本的に静かだった。感染する恐れがあるというのと宗像の言伝があったのか個室で、ほかには誰もいなかったせいもあるかもしれない。見舞いも断ったので誰が尋ねてくるということもなく、とにかく暇だった。それでもはじめのうちは意識が朦朧としていることが多かったので一日の大半を寝て過ごした。淡島もはじめに荷物を届けたきり忙しいのか、気をつかったのか、尋ねてくることはなかった。それによってなにか都合が悪いことがあるのかというとそうでもない。ただただ静かだった。伏見は明るいうちに目覚めたり、真っ暗な中で目を覚ましたりを繰り返していたのだけれど、伏見が目覚める時にはたいてい看護師だけがそこにいた。美人でもない若い看護師だったり、少々年のいった看護師だったりした。その人たちは伏見の事情をとくに知らないので、当然のごとく伏見を女性として扱った。それがどうしてか心のうちにくすぶっていた不安をかきたてていけない。自分がまるでほんとうに女性になってしまって、もう一生もとにもどることができないのではないかという気分になった。とにかく、体調のせいもあってかひどく不安でたまらなくなってしまったのだ。

その日伏見が目覚めたのは昼前だった。検温の時間で、ナースが伏見の熱が未だにちゃんと下がらないのを見て、医師と相談し、解熱剤を投与していった。もう声もちゃんと出るようになっていたのだけれど、とくに話すこともないので伏見は終始黙っていた。伏見の入院ははじめ三日の予定だったのだけれど、どうにも熱が下がらないので少々遅れそうだった。もう三日目の朝だったのだけれど、いまだに下がらない。伏見から淡島へ報告はしたが、淡島はなんてことはないように「そう、これを機会にゆっくり休むのもいいかもしれないわね」と。着替えは多めに用意してあって、特に困ることはなかった。淡島も「なにか必要なものがあるなら言いなさい」と言ったのだけれど、とくに思いつかなかったので何も言わなかった。明日には一度様子を見に淡島がくるらしかったが、あまり気は進まなかった。誰にも会いたくないとさえ思った。そのくせ叫びだしてしまいたいような感情は抱えているのだからおかしい。最近おかしかった。自分の周りに誰かがいるのが当たり前になっていた。そんなのはいらないのに、自然とそうなってしまっていた。そこに甘んじていた自分も憎たらしかったけれど、悪くないと少しでも思っていた自分は八つ裂きにしたかった。病室はすこし暑いくらいの温度に保たれていたのだけれど、今日はなんだかさむかった。それくらいが、心地いい。

昼過ぎになって伏見は肌寒さを覚えた。それはなんだかおかしいくらい寒くて、空調が壊れたのかとも思ったが、肌に当たる空気はきちんと暖かかった。じゃあ何が冷たいのだと考えたときに、自分の手がかじかんでいるのに気がついた。ぺたりと首のあたりに手を置いてみても、それは随分つめたく、人の肌だろうかと。こないだまでひどい熱に浮かされていたのが嘘のように冷え切っていて、伏見は急に身体が震えるのがわかった。何がおきたのかわからず困惑してナースコールをしようとも思ったけれど、やめてしまった。死ぬときはこれくらい寒くなるのだろうなぁと思い、さっさと全身が冷たくなってしまえばいいと思った。なんだかとても疲れていたのだ。とても、寒い。

「おや、元気そうですね」

伏見がゆったりと瞼を落とそうとしたときになって、聞き覚えのある声が枕元でした。伏見はびくりと瞼を持ち上げる。眼鏡がないせいで顔はぼやけていたけれど、その声を聴き違えるはずがなかった。

「室長・・・?」
「ええ、そうです。なんだか随分幼いような顔をしていますが・・・ふむ、顔色が悪いですね、熱がまだあるのですか?」
「なんで・・・」
「今日は非番なので」

見ると宗像は見慣れた隊服ではなく、ジーンズに黒のシャツだった。なんだかにあっていない。伏見はすっと落ち着いていた気持ちがなんだかざわざわと不安に染められていくのを感じた。きゅうに怖くなった。そんな伏見の顔色を見て、宗像は首をかしげ、遠慮というものを知らないかのように、伏見の頬に手をあてた。

「・・・冷たいですね。手も震えているようですが」
「・・・さっき、から、寒く、て」
「体温ははかりましたか?」

伏見がふるふると首を振ると、宗像はとにかく、と伏見に体温を測らせた。サイドテーブルにある体温計は口で測るタイプのものらしく、伏見に口を開けさせてそこにつっこむ。少々手荒だったのだけれど、伏見は文句を言わなかった。ほどなくして電子音が鳴ったのだけれど、表示された体温は34度台だった。これでは寒いはずだ。

「解熱剤で少々体温が下がりすぎたのでしょう。これ以上下がるようでしたら看護師を呼んだほうがいいですね」
「・・・さむ・・・」
「ふむ、今日は貸してあげられる上着がないですねぇ」

宗像はぺたりと伏見の頬に手をあてた。宗像の体温は伏見より高くて、それが心地よかったのだけれど、いらない感情がまた首をもたげそうになり、伏見はそれを払い、上体を起こした。

「おや、少し前までは震えて可愛らしかったのに」
「・・・んなわけないでしょう」
「そう。そうですか」

体温が低いせいか少しだけ身体が重たかった。喉もまだ炎症をおこしていて、全快には程遠い。起き上がったせいか頭痛もした。

「・・・ずいぶん痩せましたね。わたしは少々肉付きのいい女性のほうが好みなのですが」
「・・・セクハラです」
「心配しているのですよ」
「あんたが?」
「そうです」
「口先だけは達者なんだな」
「ええ、よく言われますとも」

でも、ちゃんと心配したんですよ、伏見君、と宗像は伏見の身体を引き寄せた。軽くなった伏見の身体は簡単にバランスを崩し、宗像のほうへ傾いでしまう。慌てたところに懐かしいような体温がふりかかってきた。はじめ伏見は何をされたのかわからなかったのだけれど、宗像に抱きしめられているのだと、すぐにわかった。体をよじって抵抗しようとしたが、宗像は離してくれない。

「室長!」
「体温が低いので、こうすれば暖かくて一石二鳥じゃないですか」
「離してください!セクハラで訴えますよ!」
「おや、元気がいいようでなによりです」

けれど、と宗像は急に声の音を低くした。「もうあんな顔で瞼を落とそうなんて考えないことです」と、腕に力を込める。伏見はその揺らぐような冷たさに、ぴたりと体の動きをとめてしまう。そうすると、ただただ宗像の体温が暖かくて、いけなかった。そうだ、自分は部屋に運ばれたあとにもこうして宗像に抱きしめられていたのだと、伏見は思い出す。あのときとは逆の体温なのに、少しだけ、心地よかった。それが不思議だった。どこか満たされていくような心地がする。あたたかい水を注がれるように、そうだった。宗像はまた少しだけ、腕の力を強めたのだけれど、伏見はもう抵抗することができなかった。それがあんまりにも真摯な強さで、伏見をつなぎ止めてしまったものだから。


END

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