なりたかった形を思い出せなくなる前に






「ゴッティーってさ、いつ寝てんの」

日高が首をかしげると、五島は曖昧に笑ってみせた。それを見て、日高はああ、これは寝ていないんだろうなぁと、わかってしまった。わかってしまったけれど、わりと五島が寝ていようが、寝ていまいが、どうでもいいと思ってしまう。けれど、どうして寝ないのだろうとは、少し思った。日高はわりと寝るのが好きだ。疲れて帰ってきたときのあの布団の柔らかさだとか、だらしない温かさを嫌いな人がこの世にいるだろうか。人が堕落することを容認してくれる時間と場所を、五島は持っていないらしい。それはなんだかとても疲れてしまうようなことに思えた。

「ゴッティーってさ、わりと頭おかしいよな」
「んふふ、日高に言われたくない」
「だって俺はちゃんと寝るし。寝ないとか意味わかんないし」
「ちゃんと寝てるよ」
「嘘だ。だってゴッティーの部屋いっつも電気ついてるし、朝もゴッティー俺よりはやいし、やったあともなんかずっと起きてるじゃん」

五島はまた曖昧に笑ってごまかした。五島のこういうところが、日高は嫌いだった。どうしてそんなにたくさんのことを誤魔化したがるのか、わからない。寝ていないなら寝ていないでいいだろうに。五島の価値観は日高の価値観とどこまでもかけ離れていたし、逆もまたしかりだった。肌を合わせてもそれは変わらなくて、俗にセックスだとか呼ばれている行為をしていても自分たちはほんとうはなにか別の作業を行っているんじゃないかとすら思う。吐息を重ねて、身体を重ねて、分かり合うふりをして、自分たちの決定的に違っているところばかりを、数えているような、そんな、作業。性欲処理ともまた違った面持ちをして、それは二人のあいだに横たわっている。名前のない行為を、重ねている。

「僕、寝なくても大抵のことはどうにかなるから」
「なにそれ」
「燃費がいいの」
「羨ましくない」
「日高はいつもぐーすか寝てるじゃん。寝てる時間ってなにもできないじゃん。僕も日高なんて羨ましくない」
「なにもしなくていい時間が睡眠時間だろ」
「そういうのがね、イヤなの」

五島は「イヤ」と言ったのだけれど、日高にはそれがなんだか違う言葉に聞こえていけなかった。何が怖いのだろうなぁと、思う。五島は日高よりずっと仕事ができて、ミスもなくて、残業にまみれる日高を置いて、いつも定時で上がってしまう。腹立たしいほどに、そうなのだ。五島は何が怖いのだろうなぁと日高は思った。けれど、きっとそれを日高が理解することは、絶対にできない。いままで数えてきた二人の違う部分が、あまりにも多すぎて、それが少しだけ、煩わしいと思った。

「ゴッティー、今日、一緒に寝よう」
「なんでさ」
「ゴッティーが上でもなんでもいいから、とりあえずやって、疲れて、そしたら一緒に寝よう」
「なにそれ」
「なんか、ゴッティーが寝てないの怖い」

こわい、と日高はもう一度、言葉を飲み込んで、ちゃんと噛み砕くようにして、言った。五島はまた曖昧に笑うばかりだったのだけれど、その笑顔が少しだけ泣いているように見えて、日高はほっとした。理解し合えないことなんて、はじめから当然なのだ。わかり合おうなんて、思っていないのだから。けれど、わかり合おうと思ったら、それは砂漠の中から一粒の砂を見つけなければいけないような、そんな途方もない、どうしようもなく難しくて、時間がかかって、失敗してしまいそうな装いをしているのだから、怖い。怖いことは、したくないと思った。日高はきっと、五島が怖いと思っているのは、そういうことなのだろうなぁと思った。ちゃんと、わかってしまった。砂漠が、砂場くらいの広さになったような気がした。


END


不眠症の五島が書きたかっただけ。

title by 彗星03号は落下した

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