五島と弁財





人の手の温かさというものが、五島は苦手だった。その変な温みだとか、混ざっている感情だとか、思いやりのようなものが変に薄っぺらくみえて、不潔なように思えていけない。だからその温かさのうつったような料理も、苦手だった。舌に残るような味付けも、こびりつくような温かさも、どうしても、駄目だった。食べているとどうしても顔が歪んでしまう。だから五島は自分でも料理を作らないし、他人が作ったものも食べなかった。必然として五島の腹に溜まるものはコンビニの出来合いのなにかだったり、適当な外食チェーンの何かだったりする。そういう、温かいけれどどこか冷たいもので、五島はできている。

「だからお前の身体は冷たいんだろうな」

弁財がそう言ったとき、五島はだからどうしたのだ、としか、思わなかった。弁財はなんでもないようにして、キッチンに立っている。当たり前のように野菜を水で洗い、皮を剥いて、包丁で形を変えていた。弁財はわりと自炊をしているらしかった。寮の部屋には簡易だがキッチンがついていて、自炊できるようになっている。五島も日高もそこはお湯を沸かすくらいにしか使わないので、二人の部屋のシンクは埃をかぶってしまっていた。けれど弁財と秋山の部屋のキッチンはなんだか使い込まれたような温かみをもって、佇んでいる。それが不思議だった。自室のそれは、なんだか疲れたような冷たさをもって、そこにあったものだから。温かな湯気が換気扇に吸い込まれて、香りだけがゆったりとリビングの方まで漂ってきた。

「そんなもの作ったって僕は食べないですよ」
「これは俺の夕飯だからいいんだ。もとからお前に食べさせるためにつくってるわけじゃない」
「冷たいですね」
「どの口がそれを言っているんだ」

弁財は慣れているようだった。電子レンジで野菜を加熱して、煮込む時間を短縮しているらしい。鍋にほぐれた野菜を全部入れてしまって、少し煮込んだら、あとは調味料で味を整えていた。ローリエまで入れている。こっているなぁということは五島にもわかった。自分一人がそれを食べるためだけに、どうしてそんな手間をかけるのだろう。五島には理解できなかった。コンビニのパスタやら弁当やらを買えば、たった5分で温かい食事にありつけるのに、弁財はそれをしない。そうして当たり前のように手間をかけている姿が、なんだかおかしかった。

弁財は最後にソーセージを入れて少しだけスープを煮込むと、臭みとりのローリエを丁寧に取り出し、火を止めた。そうして真っ白な皿にそれを盛り付けると、木製のスプーンを差して、キッチンに戻ってきた。当たり前のように、皿は一つしかもっていない。

「なんか、ポトフって女の子みたいですね」
「夜は軽く済ませたいんだ。それに、なんだか今日は野菜が食べたくて」

五島は自分が最後にちゃんと野菜を食べたのはいつだろうかと考えようとして、やめた。きっと弁財は五島より長く生きるんだろうなぁと思った。都合がいいとも思った。けれど、それくらいだ。

弁財は丁寧に野菜をほぐし、スープに浸してそれを口へ運んだ。熱いのかしきりに息を吹きかけている。弁財の口元で消えるようになくなる野菜が、なんだかキラキラと輝いているような気がして、いけなかった。塩と胡椒をふっただけで土臭い野菜が輝いてたまるものか。五島はなんとなくそれを眺めていたら、弁財が少し困ったような、怒ったような顔になった。

「食べづらいんだが」
「おかまいなく」
「かまうだろう」
「んふふ、なんだか不思議なんです」
「なにが」
「あなたが食べていると、なんだかとても美味しそうに思えて」
「普通のポトフだ。そんなにおいしいというほど、おいしくもない。料理は秋山の方が得意だから」
「そうですか」
「そうだ」

なんだろうなぁと思った。五島は自分が食べていたコンビニのスープに入っていた人参を思い出して、どうしてあんなにしなびているのだろうと思った。弁財のスプーンに乗せられた人参はどこか誇らしげなようで、みずみずしくそこにある。同じ人参だろうに、機械に切り刻まれた人参と、人の手でかたちを変えられた人参とでは何が違うのだろう。変な気持ちだった。

「弁財さん」
「なんだ」
「一口ください」
「・・・お前のそういう人のものが欲しくなる癖、どうにかしたほうがいいと思うぞ」

そう言いながらも、弁財は綺麗なオレンジ色をした人参をスプーンに乗せて、五島の口元へ持っていった。べつにこういうことがしたかったわけではないんだけどなぁと思いながら、五島はそれをぱくりと口に含む。途端に口の中が暖かくなって、いけなかった。人参というものはこんなに柔らかくて甘くなるものなのだなぁとまぐまぐと口を動かしながら、そう思った。それは飲み込んでもずっと暖かくて、胃のあたりがぽかぽかする。これまで自分はずいぶん、冷え込んだ食生活を送っていたらしい。

「こういうのが、あたりまえなんだ」
「なんです」
「お前は本当に、寂しいことをしているんだからな」
「今日はなんだか説教じみてますね」
「お前があんまり驚いた顔をしてるから」
「・・・そうですか」

五島は冷えた指先で、自分の頬に触れてみた。そんなに驚いたような顔をしていただろうかと。そうしてから、なんとなく、コンビニの商品は、しばらく食べたくないなぁと思った。ほんとうに温かい料理が食べたい。どうにも、お腹がすいていけなかった。さっき適当に夕食を済ませたばかりなのに、指先は冷え切っていた。食べた気がしないものに慣れている自分が、なんとなく寂しかった。ただ、なんとなくだ。


END


瑞浦さんへ。
なんか遅くなってごめん。
エイプリルフールのやつです。




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