死が二人を別かつまで
「女性は男性の最後の人になりたくて、男性は女性のはじめての人になりたいという言葉がありますね」
いつもより少しだらしない格好をした宗像がベッドに腰掛けると、その中にいた伏見は舌打ちをして「それがなんなんですか」と少し枯れた声を出した。部屋の中には情事のあとに残る独特の匂いと雰囲気が滞留していて、伏見はそれに眉をしかめる。体が重たくて、起き上がれそうになかった。
「いえ、なかなかに、当てはまらないものだなぁと」
「どういう意味です」
「そういう意味ですよ」
「俺、室長の考えてること大抵わかんないです」
「おや、奇遇ですね」
シーツの隙間から頭だけ出している伏見の髪を、宗像はするりと手で梳いた。伏見はなんだかそれも気に食わなくて、舌打ちをする。
「なんです、普通は喜ぶところでしょう」
「俺はそういうの嫌いなんです」
「そうですか。私は好きですよ、君に髪を触られるのは」
「よくわからないです」
それでも伏見は宗像にされるがままになっている。その反応が好ましくて、宗像は伏見の髪にまた指を絡ませた。伏見の髪は艶もなく、絡まってしまっていて、宗像の指をするするとは通してくれない。それがまた好ましいような気がしてくるからいけない。
「ねぇ、伏見君、私はあなたの最後の人になりたいのですよ」
「なんですか、それ」
「だって、あなた、はじめてのことなんか、覚えていないでしょう」
伏見ははじめて童貞を捨てたときのことを思い出そうとして、諦めた。どうでもよかったからだ。相手の名前も、顔も、どこでそうしたのかも覚えていない。どうしてそうしたのかも、わからなかった。宗像は「ほんとうに君はどうしようもないですね」と溜息混じりにくすくす笑う。それが耳に気持ち悪くて、伏見は眉をしかめた。
「あんたは覚えてるんですか」
「ええ、さすがに。聴きたいですか?」
「聞きたくもないです」
「嫉妬に狂ってしまうから、ではないでしょう」
「どうでもいいからです」
伏見は「ほんとうに、どうでもいい」ともう一度呟いた。宗像が初めて抱いた女なんて微塵も興味がなかった。それは宗像だって同じだろうと思うのだ。けれど、伏見が初めて抱かれたのはたしかに宗像で、宗像がはじめて抱いた男もまた伏見だった。それでいい。それだけで、いい。思い出すだけで痛みが蘇り、伏見は眉をしかめる。それをどうとったのか、宗像は口の端を少しあげた。
「そうですね、私は、君にとってどうでもいい存在には、なりたくないのです。だから、あなたの最後の人になりたい」
「死ぬまであんたと一緒とか、反吐がでます」
伏見がそう言うと、宗像は驚いたような顔をした。伏見は自分が何かおかしなことを言っただろうか、と首を傾げるが、最後の人というのはそういうものだろう、と。何がおかしいのか、宗像はまたくすくすと笑って、「ええ、そうですね、そう、でした」と。
「そう、伏見君、そのときは伏見君が私の最後の人になるんですね」
「最悪です」
「伏見君」
「なんですか」
「あなたのそういうところが好きです」
宗像は諦めたように、そう言った。すると伏見は変なものでも見るような目つきになる。
「・・・ドMなんですか?」
「そういうことではないですよ」
宗像はきっと置いていってしまうだろう伏見の髪をもう一度だけ、梳いた。宗像の最後になるだろう人の髪を、静かに、いとおしげに。
END
まーさんへ!
礼猿でピロートーク・・・?うん・・・?
雰囲気って大切ですよね!
リクエストありがとうございました!
遅くなってしまってすみません!