前に進むことなんてできやしないくせに






音のない世界というのがどうにも、落ち着かない。伏見の耳には大抵イヤホンが刺さっている。そこからはもうリピートしすぎて聞き飽きた音楽ばかりが流れ込んでくるのだけれど、新しく楽曲を足す気にはならなかった。型の古くなったウォークマンからは、もう随分新曲を出したアーティストの初期の音楽だけが、流れる。随分マイナーだったそのバンドは、いつのまにかメジャーになったらしい。曲の方向性も随分変わって、最近はやたら甘ったるい、口から砂を吐き出すようなラブソングを歌っているらしかった。どうでもいいと思った。

「あれ、伏見さん、音楽なんて聞くんですね」

休憩中に伏見が自販機のスペースで片耳にだけイヤホンをさしてぼんやりしていると、日高が珍しそうに声をかけてきた。伏見は面倒だと舌打ちだけするのだけれど、日高はめげてくれない。「何聴いてるんですか?」だとか「誰の曲ですか?」だとか、面倒なことを聞いてくる。さらには「イヤホン片方外してるならかしてください」と言ってきたので、伏見は眉間に皺を寄せた。面倒だ、と言わんばかりに、イヤホンを外し、それを日高に押し付ける。

「え、」
「お前と聴くのは嫌だ。聴きたいなら勝手に聴け」
「はぁ・・・そうですか」

じゃあ、遠慮なく、と日高はそれを耳にさした。黒のイヤホンコードがなんだか似合わない。日高は少し曲を聴いてから、「あれ、このバンド知ってますよ。でもこの曲知らないです。いつのですか?」と首をかしげた。

「わりと昔の」
「へぇ、俺最近のしか聴いたことないですけど、こんな曲も歌ってたんですね。そういえば、こないだ新しいアルバム出してましたけど、伏見さん聴きました?」
「興味ない」
「え、このバンド好きなんじゃないんですか」
「どうでもいい。適当に流してただけだから」
「でも、このバンドの曲しか入ってないじゃないですか。しかもわりと初期の曲っぽいですね。俺見たことないやつばっかなんで・・・」
「もういいだろ。さっさと返せ」

伏見が日高からウォークマンを奪い取ると、日高の耳からイヤホンが抜けてしまった。日高は「あっ」と短い声を出す。そうしてから、伏見の言葉をどう受け取ったのか、「俺、新しいアルバム持ってますよ。貸しましょうか?」と言ってきた。伏見は舌打ちをして、どうせ断っても押し付けてくるんだろうなぁと思った。だから「好きにすれば」と言った。聴いたふりをして返せばいい。日高は妙に嬉しそうな顔になって、じゃあ、明日持ってきますねと笑った。伏見の耳にはもうイヤホンが片方だけささってしまっているにもかかわらず。

翌日日高は本当にCDを持ってきた。伏見は「どうも」とだけ言ってそれを受け取った。

「俺、一曲目も好きでしたけど、最後の曲が一番好きです。いい曲ばっかでしたよ」
「あっそ。じゃあ多分俺一曲目あんま好きじゃないし、最後の曲は一番嫌いだわ」
「ひどい!いや、ほんといい曲なんで!曲に罪はないんで!」
「はいはいわかりましたよ。わかったんで、もういいでしょう」
「絶対聴いてくださいよ!感想聞きますからね!」
「・・・ちっ・・・あんたほんと面倒くさいな・・・」
「ひどい!」

伏見は家に帰って、仕方なくノートパソコンを機動させた。適当なことを言ったら日高が面倒だ、と思ったのだ。そうして、CDの情報を取り込み、面倒だと思いながらもそれをウォークマンへ落とした。このウォークマンに曲を落とすのはいったいいつぶりだろうと、伏見は少し考えて、やめた。ゆっくりとダウンロードされていくそれを眺めながら、伏見は舌打ちをした。一度聴いたら、もう消してしまおうと思った。

伏見がイヤホンを片方だけ耳にさしてそれを聴いてみると、そのバンドはまるで別人のような歌い方をしていた。技術的には飛躍的に向上していて、以前は出ていなかった音域もしっかりと音になっている。ファルセットも綺麗だった。日高の言っていた一曲目は片思いの曲で、伏見は溜息をつく。曲名だけ眺めてみても、それは恋愛をテーマにしたオムニバス形式のアルバムとすぐに見てとれた。はやく終わってしまわないかなぁと思う。むしろ、あとは最後の曲だけ聴いて、それでデータを消してしまおうと思った。どうにも、性に合わない。そうして、最後の曲を選択してから、伏見は驚いた。それは初期の曲をアレンジし直した曲だったのだ。タイトルもよくよく見ると前の曲を文字っていて、どうして気がつかなかったのだろうと。その曲は前はもっとずっと鬱々としたリズムで、重苦しい音で、ただただ社会の理不尽さや鬱憤だけを歌っていたのに、アレンジされた曲は暗いリズムを刻みながらも、少しだけ、鮮やかな音に変わっていた。曲の始めと終わりに「I was able to meet you also in such the world. Giving a tight hug to the happiness, I make a living. 」と囁くような歌詞が添えられていて、伏見は泣きたくなった。そうして、小さく、「ちくしょう」とつぶやいてから、目元を腕で庇った。もう消してしまうことなんて、できやしないじゃないか、と。


END


I was able to meet you also in such the world. Giving a tight hug to the happiness, I make a living.
(こんな世界でも僕は君に出逢えた。その幸せを抱きしめて、僕は前に進むよ)


瑠花さんへ!
日猿はなんとなく八田を絡ませたくなるんです。
苦手でしたら書き直しますので!お気軽に!お願いします!
リクエストありがとうございました!


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -