青く輝く透明な涙





※なぜか室長が色覚障害になっているというとんでも設定


「伏見君、これ、何色に見えますか」

そう言って宗像は伏見に赤いハードカバーの本を指し示した。伏見は首をかしげながら、「赤以外の何に見えるんですか」と答える。宗像の質問の意図がわからず、伏見は少し苛立たしくさえなった。そんな伏見の反応をよそに、宗像は無表情のまま、「そうですか」とだけ返した。それにはなんだか諦めのような、寂しさのような感情が含まれていて、伏見は舌打ちをしてしまう。

「なんなんですか」
「いえ、おかしなことを聞きました。書類は受け取ったので、もう退室して頂いて結構です」
「あーそうですか。失礼しました」

伏見はその時、とくに何も思わなかったのだけれど、思えばこれがはじめてだったのかもしれない。それから宗像は少しだけ、言葉が少なくなった。特に色を指し示すような言葉を、使わなくなった。淡島が和室の一角に花をいけても、「綺麗な花ですね」とだけ言う。淡島はよく季節に合わせて彩を変えていたのだけれど、それを褒めるような言動はいつの間にかなくなってしまっていた。伏見はそんな細かなことには気がつかなかったのだけれど、書類に押される判の色で、それに気がついた。朱印が押されるべきところに黒の印が押されていれば流石におかしいと思う。黒のインクは郵送用の書類に定型の住所判を押すときに使用するものだ。伏見が舌打ちをして「室長、これ、朱印じゃないんすけど」とその書類を突き返すと、宗像は「ああ、すみません」と言って、予備の書類にも黒の判をおした。伏見はそれを見て、おかしいと思った。

「室長、あの花、何色に見えますか」

和室の隅の生花を指して、伏見は尋ねた。宗像はそれを見て、諦めたように、「さぁ、何色でしょうね」と。

「なんではやく言わないんです。色覚障害ですか。面倒なんではやく病院行ってください」
「いきましたよ。原因不明と言われました。どうにもならないそうです」
「なんですか、それ。まるで他人事ですね」
「・・・そう、ですか・・・なんとも・・・」

宗像はじっと、和室の隅に生けられた花を見つめてみた。それはもう白と黒で構成されていて、色なんてものは判別できなかった。虫にでもなった気分だ。始めは赤だけだったのだ。赤だけがすっぽりと、宗像の世界から抜け落ちていた。それからだんだんと、見えない色は増えていった。次の日は黄色、その次の日は緑、またその次の日は紫、と。だんだんと色を失っていく宗像の世界の中で、残っているのはもう白と黒と青だけだった。伏見の身につけている青の制服だけが鮮やかに眩しい。

「何色が見えないんです」
「おや、心配してくれるのですか」
「そうじゃないです。把握しておかないと、また朱印のところに変な色で印を押すでしょう」
「ええ、そうですね。もう、青以外は見えないです」

伏見は色覚異常ならば赤と緑がわからない程度だろうと思っていたのだが、事態は深刻なようだった。宗像の回答に目を見張る。

「おや、君の驚く顔というのは新鮮ですね。悪くない。こんな目になってしまったのも、少しは・・・」
「なんで、そんな平然としてるんです」
「慌てたところで仕方がないでしょう」
「・・・あんたのそういうとこが嫌いなんだ」
「むしろ私に好きな部分なんてあるのですか」

宗像はなんでもないような顔をして、ころころと笑った。そのゆるりと細まった瞳にはもう青以外の色は写っていないのだと思うと、伏見は舌打ちを我慢することができなかった。それがどうしてなのかは、わからない。わからないことさえも、妙に苛立たしかった。たとえ形式であったとしても、自分が王と仰いだのは、宗像なのだ。

「この目もそう悪くはないです。伏見君が青以外の色を身につけていればすぐにわかります」
「そんなのは普通の目でもできるでしょう」
「ああ、そうでしたね。けれど、私にとって青という色は以前にも増して尊い色なのですよ。最後に残った私だけの色です」

私だけの、君です、と宗像は伏見の頬に手を伸ばした。ひやりと冷たい肌色のそれが、なんだか恐ろしかった。宗像の表情が読めない。色のない目をして、静かに伏見を見つめている。

「そうですね、ひとつ残念なことがあるとすれば、もう君の涙の色もわからないということでしょうか」

声に何か猥雑な色をにじませてそう言う宗像は、おかしかった。だって、涙に色なんて、無いのだから。


END


SeiRinさんへ!
とんでも設定ですみません。

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