Caster symphonic mild 5





弁財は物持ちのいい方だと自負していた。家具は壊れないかぎり買い換えないし、筆記用具もそうだった。筆入れなんかは学生のころから同じものを何度も洗濯して使っている。新しいものが欲しいと思ったことはない。使い慣れているものを丁寧に、ずっと使っている。それは消耗品においてもそうであったし、足を運ぶ店についてもそうであった。同じメーカーの調味料を何年も使い、同じ銘柄の煙草を買い、同じ店で同じメニューを頼む。けれどそれは使い慣れた道具を使うのとはまた違った意味を持っていた。他のものを選ぶのが、怖いのだ。もしも違うメーカーの調味料が前につかっていた調味料よりも劣る味だったら、もしも違う店の料理の味がいつも足を運んでいる店の料理よりも美味しくなかったら、とそんなことばかり考えてしまう。弁財は少し人よりも変化というものを恐れていたのかもしれない。変化しないことはいいことだ。よくも悪くも変わらない。いつも無難な方無難な方と選んでいるうちに弁財のまわりには無難なものばかりが積み上げられていた。自分に合っている合っていないにかかわらず、とにかく無難なものばかりが並べられている。自分はつまらない人間なのだと、弁財にはちゃんとわかっていた。


その日、仕事の休憩時間に喫煙室に脚を運ぶと先客がいた。秋山かとも思ったのだが、どうにも違うらしい。

「あ、弁財さん、お疲れ様です」
「日高、お前、煙草なんか吸ってたのか」
「え、ていうか、弁財さんこそ」
「嗜む程度だ」
「俺もですよ」

お互いにあまり喫煙室には脚を運ばないのだけれど、最近仕事が立て込むことが多くてストレスがたまっていた。ストレスが溜まると口が寂しくなる。習慣ではなかったが、弁財のボックスにはもう煙草が一本しか残らない程度には、忙しかった。

「なんか、忙しくなると、なんとなく」
「俺もそんなかんじだな」
「はは、なんか、弁財さんが煙草って、似合わないですね」
「お前に言われたくない」

弁財は制服のポケットから煙草のボックスを取り出し、最後の一本を口にくわえようとしたのだけれど、それは空だった。たしかに一本残っていたはずなのに、と首を傾げる。そういえば少し前に秋山にあげてしまったような気がする。弁財が格好がつかない、と溜息をつくと、日高が潰れに潰れたソフトケースに入った煙草を差し出してきた。

「どうぞ。5mmですけど」
「・・・ありがとう」

弁財の煙草は8mmだった。ずっと前から同じ銘柄で、はじめて吸ったのも、それだった。ずっと変わらない銘柄の同じ重さのものを選んでいたのだ。日高の銘柄はわりとマイナーで、喫煙室で見かけたことのないものだった。けれど格好がつかないよりは、と弁財はそれを受け取り、くちにくわえる。火をつけると、少し甘いような気がした。煙を吸い込んで、ちゃんと肺までいれると、少し頭がクラクラした。それが、心地いい。ふうと煙を吐き出すと、一緒に溜まったストレスまで吐き出されるような気がした。

「これ、女が吸う煙草なんでなんか恥ずかしいですね」
「そうなのか?」
「いや、まぁ、吸ってるのは女性が多いです。男でもいますけど」
「銘柄、なんだった」
「キャスターです」
「・・・俺はわりと好きだが。あまり重くなくて」
「あ、わかります?俺あんまり重いのは好きじゃないんですけど、それなりのは欲しいっていうか。色々試してたらこれになりました。」

キャスターの5mm、と弁財は反芻した。前に吸っている煙草は弁財には重すぎた。日常的に吸っているわけではなかったから、吸うたびに喉がちりちりと焼けて、少し痛む。それでもその銘柄を選んでいたのはつまらない惰性からだった。自分は本当につまらないことをしていたのだなぁと思う。一番美味しい二口目を吸い込んで、溜息のように吐き出した。


弁財は仕事を終えると、なんだかまた口が寂しくなったので帰りにコンビニに寄った。そうして、いつものように「35番」と言おうとして、少し考えてから、「キャスターの5mm、ボックスで」と言った。店員は少し困った顔になり、「すみません、ソフトしか置いていないのですが」と。弁財は形が崩れるのでソフトはあまり好きではなかったのだけれど、しかたなく「それでいいです」と答えた。そういえば日高もソフトだった。ここで買っているのだろうか、なんて考える。

部屋に帰ってからがらりと窓を開けて、それを吸った。心地よい重さをして、煙が肺を汚していく。一口目をぞんざいに吐き出してしまうのがなんだかもったいなかったので、丁寧に吸い込んで、肺にいれてみた。それはなんだか二口目よりもずっとおいしいような気がして、おかしかった。今度喫煙室で日高に会ったなら、どう言い訳をしよう、と考えながら、弁財は煙を吸って、吐き出した。はじめて、自分に合ったものを見つけられたような気がして、口元に笑みが乗った。


END


茉奈さんへ!
なんだか日高も弁財さんも喫煙者ですみません・・・


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