言葉にするまでもないと思っていたものだから





「弁財さんは俺のどこが好きですか」

弁財は日高のその台詞に読んでいた小説から目を離すこともしないで「顔」と答えた。日高は「えっ」と悲鳴のような声を出す。そうして、「顔だけですか?」とまた尋ねた。弁財はやはり小説のページを一枚めくり、「腹筋」と答えた。日高はもう諦めたらそこで試合終了だ、とばかりに「それ以外で」と尋ねた。弁財はさすがに小説を閉じて、日高をまっすぐに見た。そうして、恥ずかしげもなく、「背筋」と答えた。

「俺、明日から筋トレした方がいいですか?」
「そうだな。最近お前太ってきたしな。あと1キロ増えたら別れるところだった」
「えっ」
「腹の出張った男は生理的に受け付けないんだ」
「えっえっ」

日高はもう泣きそうになって、「明日飲みにいく予定あるんですけど」と弁財に泣きつく。弁財は「だからどうした」と小説の角で日高の額を小突いた。ひどい、と日高は悲鳴をあげる。弁財の持っていた小説はハードカバーだったからだ。

「お、俺は弁財さんのそういうちょっと厳しいとこも好きです」
「そうか」
「あと、弁財さんのたまに見せるちょっと嬉しそうな表情が好きです」
「そうか」
「あとあと、弁財さんの実は優しいとことか、感情が表に出やすいとことか、好きです」
「そうか」

それから、それから、と日高は必死になって弁財の好きなところを並べ立てていった。そうして、思いつかなくなったあたりになって、「それから」と言ったきり、黙ってしまった。おろおろと戸惑うような指先が、弁財の頬を撫でた。つるりとしている。本当に同じ人類なのかというほど、それは透き通っていた。もしかしたら作り物なのかもしれない。けれどそれはちゃんと暖かくて、柔らかい弾力でもって日高の指を押し返した。「それから、弁財さんの顔も好きです」と言って、日高は弁財を抱きしめた。日高の方がずっと体格がいいので、弁財の肩にちょうど顎がのっかる。ふわふわといい匂いがするようだった。

「あと、弁財さんのにおいすきです」
「そうか」
「あとあと、髪も好きです」
「そう」

ぎゅうぎゅうと抱きしめすぎて、弁財が日高の腕の中で身動ぎをした。そうして、バランスが崩れて、どさりとふたりして床に倒れ込んでしまう。日高が腕を突っ張ると、ちょうど弁財を押し倒しているようになって、胸が苦しくなった。弁財はいつもと変わらない表情で、そうされていた。それを見て、日高はもうなんだか泣いてしまいそうだった。こんなに、こんなにたくさん、あなたが好きなのに、と、視界をうるませる。弁財はそれをぼんやりと見上げて、「日高」と唇を動かした。

「俺は、日高が、好きだ」
「えっ」
「どこが、とか、そういうことじゃない」

そう言ってから、弁財はふと、視線をあらぬ方へとやってしまった。耳が赤い。日高は顔色は変わらないのに耳だけ赤くなる弁財のその仕草が大好きだった。そういえば、言い忘れていたと思った。日高は必死すぎてちゃんと見ていなかったけれど、弁財の耳はさっきからずっと、赤かったのだ。

「お、俺、も、弁財さんが好きです」

弁財はもうそれに返事をすることはなかった。日高はもうどうしていいかわからなくて弁財を抱きしめた。ぎゅうぎゅうといくら抱きしめても、たりない。もうバランスを崩して倒れることもできない。弁財の耳がどうしようもなく赤くて、それが愛おしかった。


END


砂を吐きながら書きました。
このあと弁財さん窒息します。
毛糸さんへ!
リクエストありがとうございました!

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