食べるという本能について





「お前、飯食うんだな」

そんなことを言ったのは青峰だった。青峰は黄瀬がハンバーガーをかじるのを見てそう言ったのだ。二人はその日部活の休みが重なったので少し遊ぼうということになり、東京で落ち合っていた。待ち合わせは昼前で、黄瀬がみたいとせがんだ映画を見てから、少し遅い昼食をとろうと安くて財布に優しいハンバーガーチェーン店に入ったのだ。やたらスピードを重視する店員に注文をもたつかないように伝えて、注文のハンバーガーやポテト、ドリンクを受けとると、二人は膝を突き合わせるようにして席に座った。店内はわりかし空いていた。お昼どきのピークを過ぎていたし、ティータイムにも早かった。そんな中途半端な時間だったものだから、青峰の先ほどのセリフはよく響いた。誰か他人が聞き耳をたてられるような大きさに聞こえた。青峰はなに食わぬ顔でポテトを食べている。黄瀬は「そりゃあ、食べるっスよ」と、ハンバーガーから口を離してそう答えた。

「なんでまたそんなこと聞くんスか」
「べつに。ただなんとなく飯食ってるお前が想像できなかった。いや今目の前で飯食ってるけど」
「はあ、なんかよくわからないっすけど」

黄瀬は首を傾げながら、ハンバーガーを口に入れた。黄瀬は別段、痩せてはいなかった。細いほうでもない。スポーツマンだけに、バランスのいい体格をしていた。脂肪は少なく、筋肉がついている。青峰とそんなに大差ない体つきなので、黄瀬は青峰がなぜそんなことを言ったのか、ちょっと考えなければいけなかった。黄瀬はなんとなく、青峰の好きな女性タレントを連想して、「アイドルでも飯は食べるしトイレにも行くんスよ」と言った。

「いやそりゃわかってるけどよ。でもそこはファンタジーだろ。それにお前アイドルじゃねーだろ」
「モデルもアイドルもそうかわんないっスよ」
「いや変わるだろ。それになんかそういうのとはちげーんだよ。つーか最近のアイドルはなんでもするからな。飯も喰うし髪も切るしブログも書くし」
「どんだけ追っかけてんスか」
「ストーカーみてぇに言うなよ」

青峰はテリヤキバーガーに歯を立てながら、そう言った。そうして、テリヤキバーガーの断面を見ながら、ふと、何か思い付いたような顔になる。黄瀬はドリンクを啜りながら、それを目敏く見つけて首を傾げる。

「どうかしたんスか」
「いや、お前さあ、目の前にハンバーグがあるとするだろ?」
「まぁハンバーガーはあるっスよ」
「なんでもいいわ、肉なら。でよーその肉が飯食うと思うかっつー話」

黄瀬は自分の食べているハンバーガーをじっと見つめてみた。当たり前だけれどハンバーガーが食事をしている姿というものは想像できなかった。しかしそれがハンバーガーになる前、ハンバーグになる前はきっと食事をしていたのだ。黄瀬はなんだか妙に納得してしまった。納得してから、ハンバーグになった心地がした。「まぁ、わからなくはないっすよ」と答えながら、たしかに、青峰の白い歯が、自分に突き立てられている場面を、その感触を思い出していたのだ。


END

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -