きみの脆さを確かめたくて





それはたいてい部活終わりにやってくる。月島は部活終わりの部室が苦手だった。とにかく汗のにおいが充満してしまうし、部活終わりのくせにテンションの高い部員はいるし、自主練習をしたいだとかするだとかそういう話が出てきたりするし、なんだかせまっくるしくて、賑やかで、面白くない会話に満ちているからだ。そしてその不快感だとか、よくわからない焦燥や諦め、どろりとした嫉妬に似たなにかと、ぐずぐずの気持ちは、月島の腹に溜まって、ごぽりと音を立てる。嫌な音だ。それは実際に耳に聞こえる音なのだ。月島はそれが何よりも嫌だった。だから山口が何か話しかけるものにも曖昧な「ああ」とか「べつに」とか「うん」とか適当な返事を返して、さっさと着替えてしまう。

毎日それはやってきた。とても憂鬱で、不快で、腹の膨れる心地がした。その腹が膨れる心地というのは、食べ物に満たされて、眠くなるような満腹の幸福とは真逆にあった。ひどく空虚で、息詰まって、鈍く痛むようで、食欲を減退させるものだ。月島の腹の中ではごぽりとそれが渦巻いている。毎日だ。毎日、それはたいてい部活終わりにやってくる。

毎日やってくるものだったけれど、それは日によってばらつきがあった。軽い日もあれば重い日もある。その日はとんでもなく重かった。山口が用事があるからとそそくさと帰り、他の一年もみんな部活後に居残り練習をしていた。月島はやけに静かな部室でごぼりごぼりといつもより大きな音を聞いた気がした。三年は「一年は若いなあ」とか話ながら月島の背中のほうで着替えていた。けれどそのうらにはなんの羨望も嫉妬も嫌味も存在していなかった。やるべきことは練習のうちにやった、という自信がどこかにあるような口調だった。切磋琢磨するような雰囲気でさえあった。きっと今日はそうでなかったとして、明日の朝練では早くにきて練習するのだろう。そういう類いの話が飛び交っている。汗はずいぶん冷えたのに、どこか冷えていない、熱のあるような話題だった。

月島はさっぱりと冷たいシャツのボタンをとめながら、重苦しい痛みに眉をしかめた。なんだかいつもより重たい。吐き出すことのできないものがその中で渦巻いている。月島がごぼりごぼりとふくれていく腹に手をやると、後ろで着替えていた菅原が「どうかしたのか?」と、なんの違和感も感じさせず、月島の肩に触れた。月島は一瞬ぎょっとしたけれどすぐに持ち直して、曖昧に「いえなんでも」といつもより落ち着いた声で返した。菅原はしかし「腹減ったの?」とにかにかと笑いながら、また自然な動作で菅原の腹のあたりにするりと手を伸ばした。それによって月島はあっと短い悲鳴をあげて固まってしまう。月島の腹は少しでもなく膨らんでいた。菅原はそれに気づいたのか、なんなのか、いつもの読めない顔になった。

「むしろなんか入ってそう」

低い声だった。月島は虚を疲れたような、ぴたりと言い当てられたような、なんともいえない羞恥を覚えた。菅原の手が離れる。また、月島の中に、ごぼりと音をたてて、空虚に似た、何か重たいものが溜まった。それにかたちなんてものは、実というものはなんにもありはしない。少なくとも月島はそう思っている。

「なんにもはいってやしませんよ。なんにもありはしないんです。ただちょっと腹の調子が悪いだけです」
「そっか。ならいいけど。晩飯はちゃんと食えよ」
「まぁ。はい」

ごぼりと音がする。なにかがずっとわだかまっている。膨れている。なんにもありはしないのに、なんにもないところが鈍く痛む。絶対に、なにもありはしないのだと、月島は菅原が去ったあとに膨れた腹を撫でた。なんにもありはしないのだ。絶対に。


END



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