贋作の私でもよければ






火神の身体は綺麗だ。少なくともアレックスはそう思っていた。火神の身体はどことなくうつくしい。それはいつか無くなってしまううつくしさを備えていた。若さといううつくしさだ。火神の身体には青い春がぎゅっと詰め込まれていて、そのにおいをさせて、その脆さでもってかたち造られている。それは火神が若さを謳歌している証拠であり、罪だった。いつか後悔するかもしれない美しさだ。アレックスにはそれがわかっている。そのうつくしさというものは誰しもが備えているものだったからだ。アレックスにもそれがあった。アレックスは自覚している。自分がもう若いということだけでやっていけるほど年若くないのだということを。そして自分の頬に手をやって、それが静かに掌を跳ね返していることにほっとするのだ。少なくともまだ大丈夫だ、と。

アレックスは火神を少なくともうつくしいと思っていた。だから、火神に求められたとき、拒まなかった。拒めなかったのではない。拒まなかったのだ。火神は若かった。若いものだから、自分の近くにいる異性に敏感だった。アレックスはずっと女性としての自分を表層に出してはいなかったけれど、どこからどう見ても女性だった。火神がそれに気が付くのにはなかなかに時間がかかった。しかし、気が付いてしまえば、すぐだった。アレックスは火神と肌を重ねたとき、火神を少なからず羨んだ。その若さが眩しかった。火神にはアレックスにないものが山積している。驚くほどそうだった。若くてたくましい身体に、優れた能力、水を弾く肌に、数え上げればきりがない。そして、その感情はまた、誰しもが年下の人物に抱く感情と酷似していた。だから、アレックスは拒まずにいる火神に、一握りの罪悪も感じていた。火神の抱いているものは、真実、ほんとうの感情だったのかもしれない。それは若い恋だ。錯覚から始まる恋だ。しかし若い恋というものは得てしてそういうものだ。そして恋と呼べるものはすべからくそうだった。何か他の感情を、なにかの拍子で取り違えてしまうのだ。そしてそれは白紙の紙に注がれるインクのように、瞬く間に心に浸透し、それを塗り替え、もとをわからなくさせる。火神もきっと、そうなのだ。どこかで、アレックスへの感情を取り違えてしまった。アレックスはそうではない。取り違えていない。アレックスが火神に抱く感情は昔から変わらず、愛だった。


「タイガ、私はね、お前にならなんだって差し出してやろうと、そう思うことは、きっとないよ」

アレックスはある真夜中のベッドの中で、なんのはずみか、そんなことを言った。火神はその広い背中をぴくりと動かした。二人の身体は同じベッドの中にあった。火神は羞恥からアレックスに背を向けていた。アレックスはその背中に囁きかけるように、「でも、愛しているんだ」とつぶやいた。火神はすこし沈黙を保ってから、「アレックス」とアレックスの名前を呼んだ。いつもの愛称だ。アレックスは瞼を落とす。

「俺も、たぶんなんでもは差し出せない。手放せるぶんだけだ。それじゃあ、だめなのか」
「だめなんだよ、きっと、だめなんだ。タイガ、私にあまり時間をかけないでくれ。お前の時間はもっとほかのことに使うべきだ。私はお前を拒まない。けれど、離れていくお前もきっと引き留めやしないさ。私にはお前の若さが眩しすぎる」
「アレックス、なあ、俺はそれでもあんたを愛してる。愛してるんだ。錯覚なんかじゃない。そうじゃないんだ」
「そうだな、そうかもしれない」

アレックスは閉じた瞼の裏側で、なにか眩しいものを見た気がした。火神は振り返らない。そのままでいいとアレックスは思った。そうして、振り返らないままの火神の背中に、「私も愛してる」と、つぶやいた。ただ真摯に、本物だけれど、真実だけれど、贋作の言葉を。


END


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