水彩の晩夏






※黄瀬中学3年


夏の日の思い出というものはなんだか色々なもので滲んでしまっている。それはきっと暑さからくる神経衰弱だったり、汗だったり、そういうもののせいだ。しかし、ことさらに鮮やかなのも夏の思い出なのだ。黄瀬はコンビニエンスストアの前でケータイをカチカチといじりながら、ちょうどこのあたり、熱の残る去年の晩夏のことを想いだしていた。

ちょうど、ほんとうにちょうど、このコンビニだった。黄瀬が中学2年の晩夏だ。その日黄瀬は少し走っていた。部活の終わりに青峰が釣れなかったので、なんだかフラストレーションがたまってしまっていけなかった。だからそれを消化してから家に帰ろうと、少し走ったのだ。そうして、このコンビニのところまできて、何か買っていこうと思った。それがなんだったのか、今でも思い出せない。とにかく、黄瀬は汗だくのままコンビニの中に入るのは気が引けたので、少しコンビニの外で時間をつぶして、汗を飛ばそうと思った。しかし、足を止めて軽く身体を伸ばしてみても、なかなかに熱がとれない。気温が高かったのだ。滴る汗をタオルでぬぐっても、その下からすぐにじわじわと汗が噴き出してきていけなかった。流れない程度に収めようと黄瀬があきらめてきたあたりに、コンビニの駐車場に見知った顔が入り込んできた。灰崎だった。灰崎はちょうど、部活をやめて少し時間がたったあたりだった。黄瀬は自分がそのことによってともすれば優越に浸ってしまっているということに対して、自覚があった。しかし自覚してもいいのだとも甘く考えていた。だから、灰崎に対して「ショウゴ君」と気安く声をかけた。灰崎が鬱屈した顔か、もしくは恥辱にゆがんだ顔を見せると確信していたからだ。しかし黄瀬の予想と異なって、灰崎はただ、なんともなしに、久々に知人を会って少し驚いたくらいの顔しかしなかった。そうして、「リョータ」とだけそれに応えた。そのあとは「話したくない」というよりも、「話すべきことがない」という顔になって、ふいと顔を背けて、コンビニの中へと吸い込まれていった。黄瀬はそれに落胆し、なんだかつまらない気持ちになった。そうしてみたら自分が何を買おうとしたいたのかもわからなくなって、気まずさもあって、すぐにそこを後にした。背後に、灰崎が出たのであろう自動ドアの開閉音を聞きながら。

黄瀬はぼんやりと、その時のことを思い出していた。思い出して、鬱屈した気分になった。そうして、今もまた何を買うでもなくこのコンビニの前に屯している。ケータイの仄明るい画面を見つめながら、何をするでもなく、そうやって時間をつぶしていた。

「リョータ」

黄瀬がその声に反応してふと顔をあげると、そこには灰崎がいた。前と同じように、駐車場から入り込んできている。黄瀬はそれがあんまり出し抜けだったものだから、呆けた顔で「ショーゴ君」とだけ返した。しかし、それだけのことだったのに、なぜかもっとずっと鬱屈としたものがたまってしまっていけなかった。それは汗のように噴き出してくる。灰崎はただそのあとに「最近どーよ」と続けてきた。黄瀬は顔に血液が廻るのを感じながら、「べつに、」とだけ答えた。灰崎は面白くなさそうに「負けた?」と尋ねた。黄瀬ははじめて少しの優越を覚えながら、「まさか」と答えた。答えてしまってから、その優越と同じだけの劣等感を抱いた。なぜだかはわからない。しかし今までに自分が灰崎に抱いてきた優越感がただひたすらみじめなこじつけのように思えてきてならなかった。灰崎はまだ黄瀬には負けていないのだ。そのことに気が付くと、じくじくとした敗北感のようなものが広がって、思考をぼやけさせた。灰崎は「ならいいけど」とだけ返して、前と同じように、コンビニへと吸い込まれていった。黄瀬はもうそこに立っていることすら辛くなって、逃げた。背後にコンビニから溢れる雑音を聞きながら、そこを後にした。ただただ自分がみじめだと思った。負け犬はどっちなのか、わからなかった。自分が今立っている場所が奪い取ったものなのか、誰かから譲り渡された場所なのかわからなくなって、景色が滲んで、水彩絵の具をでたらめの伸ばしたようになった。その中に、ぽつりとうかんでいるのだ。ただただ色を重ねてしまったばかりに生じた、灰色の雑音が。


END


沙槻さんへ
リクエストありがとうございました

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