噛みしめる不透明






※中学時代、赤司二年、虹村三年


がしゃん、と大きな音が響いた。それが響いたのはバスケ部の部室で、そこにはそのとき赤司と虹村だけが残っていた。鋭い音のあとに、壁ぎわの方でにぶい音がした。赤司と虹村は部のことについて雑談をしていたのだが、その音どもによってそれは遮られた。一瞬の無言ののち、その音の正体は部室の窓ガラスが割れた音だと、二人とも理解した。そしてそれは室内の壁にぶつかって、現在は大人しくコロコロと転がっている野球ボールのせいだということも。犯人は外で少し自主練習をしていた野球部員たちによるものらしかった。部活の時間が終わり、グラウンドの照明が落ちたので、まだ明かりの残っているこのあたりで練習をしていたらしい。野球部員の方から「すみません!」という声が響いてくる。どうやらわりに素直らしく、すぐにばたばたと校舎のほう、つまるところ職員室へと誰かを走らせたようだった。虹村は転がっていたボールを硝子が刺さっていないことを確かめてから外へ投げ返し、「掃除はこっちでやるから」とだけ伝えていた。中学生というものは不思議な生き物で、自分たちの領地に人をいれたがらない。そういう性質からくる言葉のようでもあった。見られてなにか不都合なものがあるわけでもないのに、他部の部員をこの部室に入れるのを、バスケ部の誰しもが嫌がっていたし、入れてはいけないのだと、伝えずともわかっていた。虹村は「さて、と」と、部室の片隅から箒と塵取りを取り出した。赤司も腰掛けていたベンチから立ち上がる。

「さすがに、驚きましたね」
「まあそうだな。野球部のやつら、外で怒られてやがる。声が聞こえてくる」
「ガラスがないとこうも響いてくるものなんですね。さっきまでは外で野球部が練習していることだって、わからなかったのに」

窓ガラスは無残にもそのほとんどを床に落としていた。直線の割れ目を窓の縁に少し残し、その大部分は室内へと散らかっている。薄い青緑の断面がするどくとがっていて、そこに触れてはいけないと、万人に認識させるようだった。細かな破片は箒でどうにかなるのだが、大きな断片は塵取りに収まらなかった。チラシなんてものは部室になかったので、とりあえず、掃除用具入れに入っていたバケツにそれらを集める。赤司は仕方がないから、と、その蛍光灯を反射してなおどこか透明な硝子を、素手のまま拾いはじめた。気を付けていれば手をきりやしないと思っているらしい。大きなものは断面もどこかわかりやすく、その薄い色のついた部分を触らなければいい。虹村はそれを見てどこかあやういものを感じた。

「おい、あんまり素手でさわんねーほうがいいぞ」
「まあ、大丈夫ですよ。切れやしないです。切れるのはふちだけですから。色のついてないところを触ればいいんですよ」
「色…」
「不思議なものですよね。硝子は透明なものなのに、その断面…切り口には色がついているんです」
「そういやそうだな」

虹村は集めた硝子が、うっすらと色づいているのと、窓ガラスの透明なのを見て、首を傾げた。かちゃりかちゃりと、赤司が硝子の破片を集めてはバケツに入れる音が響いている。外の騒ぎはだいたいおさまったようで、人気がなくなっていた。この割れた窓ガラスの始末を生徒二人に任せるというのもなかなかに無責任な話だ。野球部を叱っていただろう先生の声ももう響いてこない。職員室に戻ったらしかった。どうやらこちらにはもう誰か人をやった気でいるようだ。だいたいの後始末をつけたら、割れたガラスの部分に張り付けておく何か段ボールでも、職員室にもらいにいかなければならない。

「硝子ってのはほんとうは透明じゃなかったんだな」
「そうですね。そう、そういえば、聞いたことがありますよ。水族館とか、大きくて厚みのある透明なものが必要な場所には、アクリルとか、そういうのを使うらしいです。硝子は厚みを増すにつれて、どんどん不透明になってしまうらしいので」
「へえ、よく知ってるな」
「どこかで聞いたんです。どこだったかまでは覚えてません」
「なんだか、だまされたみたいだ」
「そうですか?」
「なんか、な」

虹村はそのあとは寡黙になって、熱心に箒だけ動かしていた。虹村が箒を動かすたんびに、しゃらしゃらとも、ざらざらともつかない音が部室に響く。赤司は丁寧に大きな破片を拾い集めていた。拾い集めては、バケツへと丁寧に放り込んでいる。そのバケツが窓ガラスの破片に満たされはじめたころ、「あ、」と、硝子の割れたようは鋭い声がした。赤司の声だ。虹村が「どうした」とそちらを見ると、赤司の指から少量の血がこぼれていた。赤司は「気を付けてはいたんですが、やっぱり、素手で触るものではないですね」と笑ってごまかしている。赤司はその指をすっと自然な動作で口へ運び、音の出ないように血を吸った。虹村はそのしぐさを見て、なんだか騙されているみたいだ、と、そう思った。


END


マホさんへ
リクエストありがとうございました

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