まやかしの傷んでいく音





「好きですよ、弁財さん」

五島はからからとそう言って弁財の首元に唇を寄せた。生暖かい感触がして、弁財は眉尻を下げる。そうしてしまってから、なんだか悲しくなった。五島が自分のことをなんとも思っていないと、わかってしまったものだから。

「嘘だろう」
「どうしてそう思うんです」
「お前は嘘しか言わないからだ」
「んふふ、嘘も吐きつづければ真って言葉ありますし」
「真にする気はないんだろう」
「どうしてそう思うんです」
「なんとなくだ」

弁財が掠れたような声でそう言うと、五島は弁財から少し離れて、笑った。張り付いたような笑顔だ。そのくせ、人に媚びるそれとは違う、ひっそりと、皮膚の下に丁寧に貼り付けられた、人の良さそうな笑みだった。五島はそろりと弁財の頬に指を伸ばし、「僕、あなたのそういうとこ好きです」と言った。弁財にはそれがどうも違う意味に聞こえてしまっていけない。そしてそれは果たして正解なのだ。こんな押し問答をはじめてから随分時間が経っている。経ちすぎていた。もうきっと色々と難しいのだろうなぁと弁財は思った。そうして、もうこれで最後にしようと、そう思った。その覚悟は、これまでに何度となくしてきていたのだけれど、いまのそれはどうも、普段とは違う面持ちをしていた。ああこれで本当に最後なのだと、弁財はわかった。ちゃんと、わかってしまった。ひっそりとした静寂が胸に流れ込んでくる。やけに落ち着いていた。それは五島と過ごした時間のぶんだけの大きさをしてた。五島と過ごしたぶんもの大きさをしていたのだ。

「蓮」

名前を呼ばれて、五島はなんだか変な顔になった。驚いた顔とも違う、なにか、失ってしまったような、そんな顔だった。

「あいしているよ」

弁財はたくさん言葉を探したのだ。彼が今までに使ってきた言葉や、本で読んだ言葉の中から丁寧に、別れの言葉を探した。なのに、口をついて出てきたのはそんなありきたりで、使い古されている言葉で、それが不思議だった。

「僕も、愛してます」
「そうか、なら、いい」

弁財は五島の頬に指を這わせて、そうして、最後にキスをした。それはいつもよりずっと張り詰めていた。ずっとずっと、冷ややかなくせに、暖かかった。舌も入れず、音も立てず、ひそやかに、丁寧に、そうした。ちりちりと首の後ろが焦げるほど張り詰めた空気があって、弁財は少しおかしいと思った。けれど気づかないフリをした。気づかないフリをしてしまったのだ。唇を離したとき、二人はもう他人だった。他人に向ける目をして、他人を呼ぶ声で弁財は「五島」と呼んだ。

「なんですか」
「・・・なんでもない」
「なら、いいです」

焼け付くような気持ちがした。そうしてその気持ちのせいで、何かが焼け落ちてしまったような、そんな気もした。嘘はもう絶対に真になることはないくせに、弁財の「ほんとう」も五島の「嘘」も、もう嘘になることはないのだ。まやかしの傷んでいく音がした。


END


title by 彗星03号は落下した
楡野さんへ
リクエストありがとうございました!


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