賢いこと狡いこと






それは寒い日のことだった。寒い中に雪が降っていた。大粒の雪が肌に落ちるたんびに音がするような天気だ。そんな中の寒い寒い公園に、二人は寒いね寒いねとさざめき合いながら立っていた。自販機の近くに寄って、立っている。向かい合うでもなく隣り合うでもなくちょうど九十度くらいの角度で立っていた。赤司はどうしたものかな、と降旗を呼び出した手前、ちょっと考えていた。考えた結果、自販機にお金を入れて、「なにがいいかな」と首を傾げてみせた。降旗は赤司が迷っているのかと思ったらしく、「ココアとか…あ、でも苦いのが好きならコーヒーとか?俺よくわからないけど」とところどころ突っかかりながらそう言った。赤司はほとほと困ってしまって、ココアを二つ買って、片方を降旗に渡した。降旗は「え、悪いよもらえないよ」と言ったけれど、赤司が「もうふたつ買ってしまったよ」と言うと、素直にそれを受け取った。

二人は傘をさしていなかった。頭に雪が積もってしまう。赤司は恰好が悪いから、とそれを定期的に払っていた。傘をさすには少し弱い雪だった。ぽつんぽとんと頭の上に落ちてはくるけれど、まだまだ弱い。一つ一つが大きいだけで、頻度はそうでもなかった。だから二人はとりあえず、と公園のベンチの雪をさっと払って、そこに座った。降旗はあてどなく視線を泳がせていたし、赤司はそれを見てどうしたらそれを捕まえられるものかなと思案していた。前からずっとこうだ。だから赤司は困ってしまう。赤司を恐れる人物というのは少なくなかったけれど、それをここまで態度に出す人物というのもめずらしかった。降旗は時たまお前はマナーモードに設定しているのかというくらいぶるぶると震えた。赤司はそれを知っていて「寒いのかい。呼び出して悪いな」と笑ってみせた。降旗は「そんなことないよ。でも今日はずいぶん冷えるから」と、それをごまかした。さっきのココアの熱い缶を大事そうに二人して抱えている。それを見ていると赤司だって高校生なのだと降旗は思った。こういうときにちょっと喫茶店に入ろうと誘わない程度にはまだ学生なのだ、と、そう思った。

「光樹」
「えっあっはい!」
「そんなにしゃちこばらないでくれ。ちょっと話がしたかっただけなんだ。それだけなんだ」
「ああ、うん、そうだよね。そう、…うん」
「ねえ光樹、僕は…そう、きっと、テツヤにもう聞いてしまったんだろうね。ああ、僕は二人いるんだ」
「え、あ、うん…聞いて、た。聞いた」
「どうおもった?」

赤司がそう首を傾げるので、降旗はちょっと考えないといけなかった。考えて、それで、ぽつりぽつりと雪が降ってくるような速さで、「ちょっとびっくりしたかな」とだけ、答えた。

公園には他に誰もいなかった。天気が悪いせいらしい。だからよけい、静かだった。雪が音を吸い取っているんじゃないかってくらい静かなのに、ふたりがたてる衣擦れだとか、ココアの缶を開ける音は綺麗に響いて、それが不思議だった。降旗はやっと赤司の方を見たけれど、赤司はぼんやりと雪を眺めていた。だから降旗も遠くの、滑り台に積る雪や、ブランコを凍らすような雪を眺めた。真っ白だ。あたりまえだったけれど。

「僕にはね、もうひとり、きっと、弱いだろう僕がいるんだよ。恰好が悪いだろう」

赤司はそう言って、ココアの缶を開けた。かつん、かしゅ、と音がして、小さな口から湯気が出る。それを、口元にあてて、少しだけ口に含む。降旗はそっちを見ていないのに、赤司がそれをゆっくりと飲んだのがわかった。衣擦れの音、飲み込む小さく詰まった音が聞こえてきたからだ。そのとき降旗はへんなことを想った。「赤司でも、食べたり、飲んだり、そういうことが必要なんだ、」と、そう思ったのだ。そうしてから、きゅうに、なんだ、あたりまえなんだ、と思えてきて、へらりと少し笑った。その拍子に赤司と視線が合って、降旗は「あ、ごめん」と、またしゃちこばる。しゃちこばったけれど、ココアがあたたかくて、それはすぐに溶けたようだった。降旗はなくなってしまった会話を埋めるように、「恰好が悪くは、ないんじゃないかな」と。

「だって、誰だって、弱いとこは、あるんじゃないか。俺だって、…ていうか俺はそういうとこしかないし…だから、うん、きっと、あたりまえのことなんだよ。赤司が食べ物食べたり、飲んだりすることと同じくらい当たり前のことなんじゃないかなあ。そうだ、そう、むしろ、俺は安心したよ。いつか、そっちの赤司とも会わせて。なんか、こういうのも、変かもしれないけれど。だって、どっちも結局、赤司なんだろ?」

降旗は自分のココアを口元にもってきて、その湯気を吹き消すような調子でそう言った。赤司は「そう、」とだけ答えて、あとはもうなんにもしゃべらなかった。衣擦れの音もなんにもたてない。降旗はここは赤司の言葉を待っていたいなあと思ったので、そうした。いつまでもいつまででも、そうしていられる気がした。雪が降っている。全部の音を吸い込んでくれるような、雪だ。ぽとりぽとりと落ちている。静かに。


END

title by 獣

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