そうやって騙す優しい瞳が嫌い






「俺は馬鹿なんでほんとうにどうしようもないくらい馬鹿なんで、だから秋山さんが思ったこととか感じたこととか不満とか全部全部きちんと言葉にしてください。そうでないと俺には秋山さんが何を感じてどんな不満を抱いててついでに何を考えてるのか多分でもなくわからないと思うんです。そしてそういうのがなんていうか長く続いていくために俺は重要なことなんじゃないかと思うんですよ。だから俺も思ったこととかそういうのは必ず言葉にしますんで、秋山さんもそうしてください」

日高と秋山が付き合うとなったとき、日高ははじめそう約束事を取り付けた、一方的に。秋山は「ああ、まあ、そうだね」とあいまいに笑って、頷いてみせた。けれどもそれから一カ月たとうと二カ月たとうと秋山が本音のようなところを見せることは一度だってなかった。日高は秋山の薄っぺらなうわべのみをずっと撫でているような気がしていけなかった。日高はそう思ったからすぐに、「秋山さんは俺になにひとつほんとうのことを言ってくれないんですね」と言った。秋山はしかし、やはり、「そんなことはないさ」と言って煙草を吸った。秋山の煙草を吸う様子はとても恰好がついている。日高はそれがわりかし好きだった。だから日高は秋山に「俺秋山さんがタバコ吸ってるとこのが好きです」と言った。そうしたら秋山は「この煙草、前の彼女が吸ってたのなんだ」とほんとうのことをひとつだけ教えてくれた。日高はそれによって微妙な気分になった。

日高が吸っている煙草は秋山と同じ銘柄にいつの間にかなってしまっていた。キャスターの5ミリだ。軽くもなく重くもない。ちょうどよくて、甘くて、やさしい。けれどそういえばそれは女性向けの味だなあと思わなくもなかった。日高は微妙な気分になりながらもそれを半分ほど吸って、しかしなんだか煙たくて、すぐに灰皿に押し付けた。秋山はそれぎり黙っている。日高が「怒りました?」と聞くと、秋山はちょっと笑ってみせて、「怒ってないよ」と、煙草を吸った。ベランダだった。二人はベランダに出ているところだった。春に向かおうとしている頃合いだ。風の冷たさもずいぶんおとなしくなって、さらさらと髪の毛だけ鳴らしていく。そろそろ桜が咲いてもおかしくないなあと思う時期だった。ばたばたしはじめる前の、びっくりするほど穏やかで、しかしそれが気味が悪い時期でもあった。煙草の煙を部屋に入れてしまわないように気を付けながら、秋山は静かに煙草を吸った。そうしてから、「日高は、俺を怒らせたと思ったんだ」と言った。そのセリフはちょっと意地悪だった。それに頷いてしまったら日高はさっき嘘を言ったことになる。日高は秋山に「怒りました?」と聞いたのだ。そして秋山は「俺を怒らせたと思った?」と聞いた。これだと真逆なのだ。日高はこの質問に首を振らなければいけなかったけれど、首を振ったなら、それは嘘になってしまう。秋山はちくちくと日高を刺しにかかっていた。どうしてこんなことをするんだという目で日高が秋山を見れば、秋山は「日高はもう少し大人になった方がいい」と唇から煙をすうっと出した。細くたなびく薄い布のようなそれが、ベランダから見える空に消える。ふわっと溶けるように。そうして秋山はその煙草を、丁寧に丁寧に、灰皿に押し付けた。やさしく、押し付けた。

「そうだね、日高はもう少し、大人になるといい。ただそれだけだよ。そうしたらきっとわかるさ」

秋山はそう言った。日高はじりじりとした反発を覚えたけれど、終ぞそれを言葉にすることはできなかった。自分から「思ったこととか感じたこととか不満とか全部全部きちんと言葉にしてください」と言っていたのに、おかしな話だ。どうにも、秋山はそこに端から不満を持ったらしかった。ひとつという方法はきっとないのだ。そういうものだ。それを端からひとつと決めつけて、長く寄り添おうとする日高に、肩の凝る思いがしたらしかった。黙っている代わりに、さっきまで煙草を吸っていた口で吐息を重ねてみせた。日高はうすぼんやりとした顔になる。秋山は笑って、「怒らせてごめんね」と言った。日高はまた、腹の立つ思いがして、瞳を鋭くした。その瞳の鋭さを、秋山はなんでもないことのように受け流して、「怒ってるなら、いいなよ、ほら」と優しい顔をした。なんでも許してあげるよという顔をした。けれど日高は口に出せないのだ。秋山がそうしたのだ。そうやって、いつも日高をだましているのだ。うわべだけ撫でさせているのだ、そのやさしい瞳で。


END


栞月 蓮さんへ。
リクエストありがとうございました。

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