馬鹿みたいに繰り返す
秋山と日高は別に付き合っていない。けれど、付き合っていなかったらセックスしてはいけないなんて決まりはこの世界には存在しないし、ついでに言ったら男同士がセックスしてはいけないというきまりもなかった。だから、いつもお互いどちらかの部屋で身体を重ねて、同居人にバレないようにその様々な痕跡を払拭することに神経をとがらせていた。シーツに変な液体が飛び散らないように気を配ったり、汗でじっとりとシーツが湿ってしまったら何気なく窓辺に干してみたり、使ったティッシュは一人でしたときのようにゴミ箱の一番下へと押しやった。なんにもあとを残さないものだから、二人は一緒になってベランダの隅で煙草を吸いながら、ほんとうに自分たちはセックスなんてことをしたんだろうか、という気分になる。白い煙を吸って、吐いて、吸って、吐いて、それだけを何回か繰り返し、適当な灰皿に灰を落として、最後にはぎゅっとそれを底に押し付けた。そうして、最後の煙が消えたあたりに、日高は「秋山さん、ちゃんと付き合いませんか」といつも言うのだ。そうして、秋山はいつも、「そしたらなんにも面白くない」と応える。
日高にはよくわからなかった。秋山と日高はセックスの時以外は手を繋がないし、キスもしないし、デートもしない。けれど、セックスはきっちりやる。はじめは酔いにまかせてのそれだったけれど、今ではアルコールの力を借りずとも、ふたりにだけわかる合図を送りあうだけでそれが成立する。場所はどこでもよかった。片方の同居人がどこかへ行っているのならその部屋でするし、どうしようもないときには高くても安くても派手でも地味でもホテルに行って、した。そういうことを繰り返しているのに、どうしてか、付き合わない。
「秋山さん、面白いことってなんですか」
日高はある日、煙草を吸い終わる前に、秋山にそう尋ねた。秋山の部屋のベランダだった。肌寒さを覚える風がすこし吹いていたけれど、二人は汗を乾かすように、こざっぱりとそれを受け止めていた。日高の質問に、秋山は吸っていた煙をふうと空に向かって掃き出しながら、「さあ」と答えた。
「俺と付き合わないのって、面白くないからですよね」
「そうだな。まあ、そうなるな」
「じゃあ、今は面白いんですか」
日高はそう煙を吐き出しながら、不思議なものだなあと、思った。考えてみたら、秋山と日高はもう付き合っているも同然のことをしているのだ。合図を出して、身体を重ねて、他の相手とは寝ていない。キスだってする。セックスの時なら手だって繋いだ。日高は秋山が求めれば拒まなかったし、その逆もそうだった。けれど、どこか浮ついているのが現状だ。たしかなものがなんにもない。付き合っていて、他の誰かと寝たなら、それは浮気だ。けれど結婚しているわけではないのだから浮気は罪にならない。良心さえどこかに置いてきてしまえば、なんにも悪いことはないのだ。けれど、秋山も日高もそれをしなかった。それをしたら一気にこの関係がつまらなくなるとわかっていた。二人は付き合っていないのに、付き合っているようなものだったけれど、「付き合っている」よりも、「付き合っている」らしかった。妙な話だ。
「逆に聞くけど、日高」
「なんすか」
「そろそろ俺と付き合わない?」
日高はフィルターを焦がし始めた煙草を灰皿の底に押し付けながら、「そしたら、なんにも面白くないじゃないっすか」と答えた。
END
あきなさんへ。
リクエストありがとうございました。