かじかんだ想いがいま名を授かります






かたんことん、たたん、たたん、と、電車は二人を乗せて揺れていた。高尾と緑間は、今、電車に乗っている。乗り慣れた自転車とリヤカーではいけない、遠いところを目指していたのだ。かたんことん、たたん、たたん、と電車は揺れる。まばらに空いた座席の、ちょうど真ん中らへんに、二人は座っていた。バッグを抱えて、座っていた。

「海に行きたい」

高尾が唐突にそんなことを言いだしたのは、真冬のあたりだった。こないだまで大雪が降って、都市機能が停滞していたにも関わらず、そんなことを言いだした。けれど、緑間は少しだけ悪くないと思った。だから、二人は今電車に揺られている。電車は長らく、走っていた。電車を乗り換えて、モノレールに乗って、二人が目指したのは江の島だった。江の島のあたりは雪が降らなかったのか、道は乾いていて、最寄り駅から歩くには、寒い以外はなんにも障害がなかった。その中を、二人はいつものようにじゃれあうでもなく、なぜか真剣な面持ちで歩いていた。遊びにきたのに、心のどこかで、これは遊びではないんだろうなあと、ふたりともが思っていた。だから、二人は真面目に歩いていた。駅に降り立った時から、海は見えていた。今日は天気があまりよくない。どんよりと曇りがちで、気温も低く、風も冷たかった。高尾が少しだけふざけて、「海日和だな」と緑間に言うと、緑間は「そうだな」と答えた。海は鈍色に濁っていた。きっと夏だったら、日差しにきらきらと輝いていたのだろう。けれど今は冬だ。凍ってしまわないのが不思議なくらい、寒くて、濁っていて、こわいくらい、静かだった。

二人はとぼとぼと歩いて、なんとなく砂浜の方へ、降りてみた。階段があって、そこから降りられるのだ。冬で、寒いせいか、人影は見当たらなかった。遠くのほうに釣りをしている人はいたけれど、砂浜からはかなり離れている。だから、ふたりだけだった。緑間は、終ぞ、高尾に「どうしてこの寒い中海なんだ」とは、聞かなかった。ただ黙って、ポケットに手を突っ込んでいる。息が白かった。曇り空を反射して、海の色もずぶずぶと濁っている。砂浜から佇んで眺めた海は、どんよりと、暗いかんばせでふたりをみつめ返していた。びゅうびゅうと風が吹いている。高尾は、静かに海を見つめていた。緑間も、じっと、海を見つめた。風は冷たかったがしかし、そう強くはなく、そのせいか波も小さい。さっぱりとした音を響かせながら、繰り返し、寄せては返している。二人はつま先が少し濡れるのではないかという波打ち際までいって、ただ、「寒いねえ」と言って、「寒いな」と返した。海は静かにふたりをみつめかえしていた。波打ち際の水は透明なのに、向こう側に目をやるほどに、それは濁っている。遠くの方はうねっているのに、ふたりのつまさきに届く波は、小さく、たよりなかった。けれど、靴を脱いでそこへ立ってみたなら、ふたりの足元の砂を綺麗にさらっていくのだろう。そのまんなかに身を投げ出したら、あとはもう沈んでいくだけだ。つめたくて、暗くて、凝った水の中に、凝って、うごめく水の中に。

「真ちゃん」
「なんだ」
「海だよ」
「そうだな」
「真ちゃん」
「なんだ」
「…こういうのを、恋っていうのかなあ」
「…そうだな」

二人の手はもう冷たく冷えて、かじかんでいた。そのかじかんだどうしをゆるりと繋いで、白い息を吐きながら、くすくすと笑った。これだけをたしかめにきたのだ。たった、それだけのことだ。ただ、この、燃え尽きたように冷たく、けれど心の中で深くうねる気持ちに、名前をつけてあげたかった。そのままにしておくには、あんまりにもさみしくて、可哀想な感情だった。ただ、それだけだ。


END


花見月さんへ。
リクエストありがとうございました。

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