あれ、肉が腐ってる/日弁/緑トマトさん






「あれ、肉が腐ってる」

冷蔵庫を開けた日高が、そんな間抜けなことを言った。どうやら共用の冷蔵庫にいつだったか買って入れていたようだった。弁財はその横から自分の飲み物を取り出して、「いつまでもほうっておくからだろう」と返した。パックの紅茶に、でかでかと「弁財」と書いてある。こうしておかないと、誰かがもっていって勝手に飲んでしまうからだ。日高が取り出した肉のパックにも、「日高」とでかでかと書いてあった。これから夜食を作るところだったらしい。時刻は夜中だ。夜中の厨房に、二人は突っ立っていた。冷蔵庫を開けて、これではまるで泥棒のようだ。なんだか後ろめたい。

日高の買った肉はそれなりにいいやつだったようだが、今はもう変色して、嫌なにおいをさせている。日高が食えないかな、と鼻を近づけてみるも、見た目からしてもうダメなのだから、においなんてもっと酷い。すぐに「うげっ」と顔をそむけた。

「あーあ、いい肉だったのに。もったいない。消費期限だってまだ二日しか過ぎてないのに」
「最近気温が高かったせいじゃないか?それに、いい肉は腐りやすい」
「え、そうなんすか?」
「食べ物なんて、そんなもんだろう。いいものほど保存料が入っていないから、消費期限がやたら早いんだ」
「肉にそういうの関係ないと思いますけど」
「まあそうだが。そんな気がする、というやつだ。真面目に受け取るな」
「はあ、そうですか」

日高はぐるぐるとうるさい腹を抱えて、どうしよう、と唸った。空腹が耐え難いらしい。そうして、念のためポケットに入れてきたらしい財布を確かめて、うーん、と唸った。これからコンビニにでも行くのだろうか。弁財はまあ関係ない話だ、とストローから飲み物を啜った。日高の手の中にある肉から、酸っぱいようなにおいが弁財のところまで漂ってきそうで、眉をしかめる。いいものは腐りやすい。腐りかけのものは、おいしい。甘く熟していて、やわらかくて、ぐずぐずに舌の上で解けていく。そういうものだ。けれど、一歩間違えると、そのまま腐ってしまう。どうされることもなく、どうしようもないくらい、ぐずぐずに腐って、いやなにおいを周囲にまき散らして、最終的にはダストボックスの暗闇へと吸い込まれていく。日高も、それをダストボックスに突っ込んでから、「弁財さん、コンビニ行きませんか」とへらりと笑った。外はもう真っ暗だ。ダストボックスのような暗闇が、底知れない暗闇が、広がっている。弁財は少し考えてから、「まあ、いいだろう」と誘いにのった。深いことは考えずに。


END


緑トマトさんへ。
リクエストありがとうございました。

title by 深爪

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