壊し方も分からないくせに/てれんとんさん






あの人にはきっとなにもなかったのだ。なんにも、なかった。住む場所だって、仮のものだったし、友人らしい友人も、欲しいものも、安心して眠る場所も、くだらない趣味も、好きな煙草も、好きな酒もなんにもなかった。ただ、力だけがそこにあった。力だけ、持っていた。壊すのに特化した力だ。炎が舐めた痕は灰しか残らないし、灰さえも残らないときだってあった。周防はなんにも持っていなかった。なんにも持っていなかったのはきっと、周防がなんにも欲しいと思わなかったからだ。欲しいものはなんでも自分で遠ざけて、考えないようにして、目を閉じて、耳をふさいでいた。きちんと考えてそうしていたわけでは、もちろんない。きっと、いつのまにかそうなっていた。そうなるように、なっていた。伏見はそんな周防の空虚さに気が付いたとき、とても怖いと思った。とても怖い。周囲は周防がなにかたくさんのものを持っていると確信して、その周りを取り囲んでいるのに、その実周防には力以外の一切が、なかった。伏見はそれが気持ち悪くて、ただただうすら寒かった。その男はなんにも持っていない、と、周防に群がる男どもに突きつけてやりたかったが、そんなことをしたならきっと、周防の目が伏見に向くだろう。それだけは、嫌だった。伏見が恐れていることだ。周防はおそろしい。なんにも持ってないくせに、力だけは持っている。力だけは、周防に寄りつく。それが薄気味悪く、とにかく、恐ろしかった。


伏見が周防にまじまじと触れたのは、はじめの、あの儀式のときの一回きりだった。後にも先にもそれだけだ。だから、伏見はそのときの周防の掌の感触を思い出そうとして、やめた。そんなものはもうずっと昔に忘れてしまっていたからだ。セプター4の執務室で、ただひとり、パソコンのキーボードを見つめて、伏見はぐっと歯を食いしばった。静かな夜だった。伏見は好き好んででもないが、自ら進んで残業をしていた。その日はほんとうに、静かな夜だった。キーボードの音しか聞こえないような、そんな静かな夜だ。伏見はふと、周防のことを思い出していた。そうして、頭をひとつ振る。

周防にはなんにもなかった。だから、伏見は、周防がその息つく先で全部壊してしまったのだと、そう思っていた。そう思いたかった。けれど、そうではなかった。そう気づいたときに、何か違う思いに押しつぶされそうになった。だから、それは違うのだ、と、伏見はいつも、頭を振る。それは違う。そんなことはきっとない。だって、そうしたら、あの人はただの可哀想な人だ。恐ろしい、ただただ恐ろしい何かでは、なくなってしまう。いつか、いつか、そのことを突き詰めるときがきたのなら、問いただせるときがきたのなら、答えは出たかもしれないが、周防尊はもうこの世界のどこにだって、いなかった。焼けただれた自分の肌が、静かな夜に、悲鳴をあげている。


END


てれんとんさんへ
リクエストありがとうございました。

title by 深爪

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