自分の所有物だと名付けないでくださいけれど嫉妬はしてほしいのです/紅羽さん






※伏見吠舞羅時代


鏡を見るたびにどうしてか怖くなった。鏡に映った自分の鎖骨のあたりには赤いしるしが浮かび上がっている。服を着ていても、それを少しだらしなくした瞬間にそれはちらりと目に映ってしまって、それがなんだか気持ち悪かった。もっと背中だとか、そういうところ、自分の目につかないところに浮き上がってくれたならよかったのに。伏見はシャツのボタンをわりと上の方までとめながら、そんなことを想う。そのしるしはただの刺青とは違って、とんでもない存在感でもって、伏見のそこにあった。気づくと手が振れている程度には、存在を伏見につきつけてくる。なんだかとても恐ろしくて、こわいもののようだった。それを見るたんびに周防の存在が頭にちらつく。なんだか嫌だった。お前は俺の所有物だ、と言われているような気がして、いけなかった。八田に言わせればこのしるしは証らしいが、伏見にはそんなふうには思えなかった。何か、もっとほかの、もっとずっと重苦しいような、勝手に名前をつけられたような、そんな気がしていた。だから、苦手だ。簡単にはそれが見えないような服を好む。前をボタンで留める、生地の伸びない、硬い材質の服を選ぶ。制服のような、そういうかっちりしたやつだ。

その日はバーへ顔を出した。そこには八田がいるからだ。八田がいなければ伏見はそんなところに顔を出さない。なぜならば必ずと言っていいほど、周防がいるからだ。伏見はいつもバーの隅っこの方にある椅子に腰掛けて、八田が話しかけてくれるのを待っている。それが叶うことはどんどん減ってきていたけれど。とにかく、八田が来るのを待っていた。待っていたのに、思いついたようにそこにやってきたのは、周防だった。伏見はびくりと肩を震わせて、スツールをガタリと鳴らした。それにかまわず周防はのっそりと腕を伸ばして、指先で伏見のしるしがあるだろう場所に触れた。そこがチリチリと音を立てているようで、伏見は冷や汗をかく。息が苦しくなるようだった。それだけ、何か確かめると、周防はつまらなそうに、ふ、と息をついて、どこかへ行ってしまった。伏見はしばらく固まったまま動けなかったというのに、相手はとてものんきだ。のんきで、安心しくさっているような気がして、どうしようもなく腹が立った。伏見はしるしがあるあたりにある布をぎゅっと握って、周防が去っていったあたりを、じっと見つめた。そんな顔をしていられるのも、今のうちだけだ、と。


END


紅羽さんへ
リクエストありがとうございました。

title by 深爪

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