終わりのはじまり(森子さんへ)






はじまりがあれば終わりがある。そんなこと誰だって知っている。五島はそのことを誰よりもよく知っていた。はじまりがあれば、終わりがある。あたりまえのことだ。あたりまえすぎて、時にそのことを忘れてしまう。けれど、五島は忘れない。はじまりがあれば、終わりがある。五島はいつもその終わりについて、考えている。はじまったときからずっと、そのことを考えている。終わるときのことを。

一日の仕事がはじまったとき、五島はまず仕事が終わったときのことを考える。一日の仕事を細分化してはじめたときにも、その仕事が終わった次を考える。そうして書類をひとつひとつこなして、雑務をひとつひとつ片づけていくと、いつの間にか全部が終わって、一日の仕事の終わりがやってくる。そうして仕事を終えて、オフタイムがはじまって、そうしていくつかやりたいことをはじめて、終えて、食事をはじめて、終える。そのあとまた気ままにやりたいことをはじめて、終えて、風呂に入りはじめて、風呂に入り終わって、寝る準備をはじめて、寝る準備を終えた頃には、一日が終わる。そして一日がはじまる前に、五島は眠りはじめる。五島が眠り終わった時、新しい朝がこざっぱりとした顔でそこにある。五島の一日はまず、眠り終わることからはじまる。

「不思議なもんだよね」

五島が部屋でごろごろしながらそんなことを言うと、当然のようにそこにいた日高は「なにがさ」と首を傾げた。寝る前だった。もう電気を消して、お互いベッドの上下でタンマツをいじっている。

「寝はじめるっては言うけど、寝終わるっては、いわないじゃん」

五島がぶくぶくとそんなことを言うと、日高は「たしかになー起きだすーとか、起きるーとかだよなー。でも寝はじめるっては言うよなー」とタンマツをいじりながら、なんとはなしにそう返した。五島はそんなものだよなあと、タンマツのバックライトを消した。

「んあ、ゴッティーもう寝る?」
「うん。寝はじめる」
「ふーん。俺まだ眠くねーんだけどさーもうちょっと話さねー?」
「僕は眠いかな」
「なんだよ、友達がいのないやつだな」

ぶーぶーと口うるさい日高を置いてきぼりにして、五島は瞼を落とした。五島は寝はじめる。静かに、寝はじめることを、はじめた。そうしてそれが終わったとき、夢を見た。幸せな夢だ。日高と、五島の夢だ。二人でなんとはなしに寄り添って、耳を噛むように会話している夢だ。幸せで、暖かくて、ずっと見ていたくなるような夢だった。けれど、夢には終わりがある。五島が寝終わったとき、それもまた、終わった。当たり前のことだ。

五島が寝終わったとき、一日はもうすでに始まっていた。はじまりがあれば、終わりがある。終わらせたくなければ、はじめなければいいだけだ。五島にはわかっている。わかっているから、あきらめたように笑って、なんでもないふりをして、ベッドを抜け出した。日高はまだ眠っている。

はじまりがあれば終わりがある。終わらせたくなければ、はじめなければいいだけだ。既に始まってしまった感情を押し殺しながら、五島はなんでもないようなふうに、日高の肩を揺すった。


END


森子さんへ。
リクエストありがとうございました!

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