白昼夢にさよなら(鎹さん)






臨也はそろりとあたりを見回して、ああ、これは夢なんだな、と思った。

目の前には静雄がいて、ここはきっと池袋で、そして近くに標識や自販機もあるのに、静雄が一向にそれらを投げてこない。だからこれは夢だ。夢であっても、なんだかいやなものだと臨也は思った。

「シズちゃんだ」

臨也がからかうような口調でそう静雄に声をかけると、静雄は「その名前で呼ぶな」とだけ返してきた。標識や自販機に手をかける様子は一向にない。夢はその人に深層心理を表すと一昔前に話題に上ったけれど、これが自分の深層心理なのだろうか、と臨也は首を傾げる。傾げてから、そんなことは絶対にないな、と否定した。静雄と和解だなんて、そんなこと天地がひっくり返ったって、空から海が落ちてきたってありえない。あってはいけない。

「なんか、気持ち悪いよ。ねえ、いつもみたいにあれとかそれとか、投げてきなよ」

臨也が「あれ」と標識を指し、「それ」と自販機を指さした。静雄は何言ってんだこいつ、という目で臨也を見てくる。

「そんなの無理に決まってんじゃねーか」

そのあたりで、臨也は「ああ、これはほんとうに深層心理かもしれない」と思い始めた。この世界の静雄はどうにも、普通の人間らしかった。ふつうの人間で、ただふつうに臨也を嫌っている。だから、静雄はさっさと機嫌の悪い足取りで臨也に背を向けた。臨也はどうしてか、それを追いかけて、「ねえ、シズちゃん」とその前に回り込んだ。静雄はぶすくれて、いつもは投げ飛ばしたりぶん回したりしている標識の根本を、不愉快そうに蹴った。かつーんといい音がする。どうやらほんとうのほんとうに、静雄は人間らしかった。

臨也は静雄を通せんぼするかたちで手を広げて、「ねえシズちゃん」とまた静雄に語り掛ける。静雄はけなげに立ち止まって、眉間に皺を寄せた。ただの人間だ。とても人間じみている。化け物なんかじゃない。静雄は、ただの、人間だ。臨也はそう思った。そう思ったから、「俺、シズちゃんのこと、好きになっちゃったみたい」と、言いたかった。言った、ではなく、言いたかった、のだ。けれど言葉が出てこなかった。吐き気がした。気持ち悪いと思った。

「俺は、シズちゃんが…」

そのあたりで、ああ、そろそろ目覚めなければいけないなあと、臨也は思った。背中に硝子の感触がある。はやく、目覚めなければ。

「シズちゃんが…」

その言葉の先は、誰も知らない。


END


鎹さんへ。
リクエストありがとうございました。

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